一曲だけの隣人

澪緒の隣の席は、体育祭が終われば空くことになっていた。

直澄は父親の転勤で、翌週には海の向こうの町へ行く。クラスで送別会を開く話も出たが、本人が大げさなのは嫌だと言い、結局、いつもの時間割のまま最後の一週間を過ごしていた。

フォークダンスの列で、澪緒は直澄と当たる順番を数えなかった。数えれば待っていることがばれそうだった。

一人目、二人目、三人目。手を取って、回って、離れる。砂埃の向こうで直澄が少しずつ近づいてくる。

ようやく向かい合った時、二人とも「どうも」と言った。

毎日隣に座っているのに、触れたことのない手だった。直澄の指には鉛筆の跡が薄く残り、澪緒の掌には朝の綱引きでできた赤い筋があった。

「向こうでも体育祭あるのかな」

「たぶん」

「フォークダンスも?」

「知らない」

「調べなよ」

「今?」

直澄が笑う。二人は回る方向を間違え、隣の組とぶつかりそうになった。先生の笛が鳴った。

交代まで、あと八拍。

「席、広くなるね」

「うん」

「窓側まで使える」

「そうだね」

「教科書、忘れても見せてもらえない」

「困るね」

あと四拍。

本当は、寂しいと言えばよかった。連絡先を聞けばよかった。海の向こうなど大げさだ、電車で二時間だと笑えばよかった。

けれど言葉は、曲より先に終わった。

手が離れ、直澄は次の相手へ移った。澪緒も別の手を取った。円は止まらず、二人の距離を広げていく。離れて初めて、さっき握った手の重さが分かった。

退場後、教室へ戻ると、直澄の机の上に小さな紙が置かれていた。澪緒が踊りながら握らせたつもりのメモだった。渡し損ねて、自分のポケットに残っているはずなのに。

開くと、直澄の字で一行だけ書いてあった。

――席、空けたままにしないで。

澪緒は自分のポケットを探った。そこには別の紙が入っていた。

――一曲じゃ足りないから、続きは連絡する。

翌週、隣の席は空いた。

けれど放課後になると、机の中で携帯が震えた。最初のメッセージは、向こうの学校の体育祭にはフォークダンスがない、という報告だった。