一駅ぶんの弁当
久賀昴が十八で養育家庭を出てから、邦典の弁当屋へ入るのは六年ぶりだった。邦典が右手首を骨折したと聞いても来るつもりはなかったが、翌朝の団体注文が四十七個と知り、閉店後の店へ向かった。
「遅い」
「来ないよりいいだろ」
「米が冷める」
挨拶はそれだけだった。
邦典は左手で容器を並べ、昴はご飯を量った。百八十グラム。唐揚げ三個。卵焼き二切れ。隙間に金平。身体が順番を覚えている。高校時代、朝の仕込みを手伝う代わりに、邦典は駅までの弁当を毎日持たせた。
「梅干し、中央」
「嫌いな客もいる」
「腐りにくい」
「今は保冷剤がある」
「赤がないと締まらん」
六年会わなくても、争点は同じだった。
二十三個目で、邦典が包帯の手を使おうとした。昴が菜箸を奪う。
「無理すんな」
「お前が遅い」
「片手の人よりは速い」
「口も動かすな」
邦典は、昴が家を出た夜のことを話さなかった。大学の保証人欄を巡って口論になり、「俺が書く筋じゃない」と言ったことも。翌朝、記入済みの書類を追いかけて駅へ来たらしいと、あとで養育支援員から聞いた。昴はもう別の電車に乗っていた。
三十六個目で炊飯器が空になった。次が炊けるまで、二人で卵を焼いた。邦典が鍋を支え、昴が返す。一度だけ形が崩れた。
「下手になったな」
「別の仕事してるから」
「何してる」
「倉庫」
「朝は早いか」
「日による」
四十七個目を輪ゴムで留め、納品票と数を合わせた。午前二時。昴が上着を着ると、邦典は残ったご飯で、もう一つ弁当を作り始めた。
「注文は終わった」
「余りだ」
「梅干し入れるなよ」
「知ってる」
唐揚げは四個だった。蓋の上に「朝」とだけ書かれ、その輪ゴムの下へ裏口の鍵が差し込まれた。
「配達、四時半」
「俺、引き受けてない」
「一駅先だ」
昴は弁当を持った。鍵を返すには輪ゴムを外さなければならない。だからそのまま、作業台の自分側へ置いた。