七桁目の耳印
鷲尾初佳が動物検査センターで受け取った引き継ぎ票には、同じ番号の犬が二頭いた。
翌日から産休に入る三宅碧海は、遺伝性疾患の検査を一人で照合してきた。今夜中に結果を送る一頭は、来週手術を控えている。報告書は陽性。間違えれば、治療方針が変わる。
「番号が同じなら、採取日の新しい方」
碧海は慣れた手で試料箱を開いた。初佳は依頼書のマイクロチップ番号を見比べた。画面では十四桁が同じだが、原本の写真には先頭に小さなゼロがある。表計算へ読み込んだ際、数値として扱われ、ゼロが消えていた。もう一頭は本当に十四桁で、桁をそろえるため末尾にゼロが足されている。
初佳は報告書の送信を止めた。動物病院へ確認すると、陽性なのは手術予定の犬ではなく、同じ名字の別の犬だった。新人が「番号を打ち間違えたんでしょうか」と震える声で言うと、初佳は首を振った。
「打った人じゃなく、番号を数字にした設定の問題。ゼロは情報だから消しちゃいけない」
彼女は番号欄を文字列へ変更し、桁数が違えば登録できない検証を加えた。依頼書の写真とバーコードを同じ画面に表示するよう、入力手順も直した。正しい陰性結果が病院へ届いたのは、締切の七分前だった。
動物病院へ正しい結果を伝えると、獣医師は電話の向こうで息を吐いた。飼い主は、陽性なら手術を延期するつもりだったという。初佳は二頭の名前を報告書へ並べず、番号と採取写真だけで再照合した。親しみや記憶が、識別の代わりにならないようにするためだった。確認者欄には、あえて名前ではなく職員番号を残した。
碧海は机の引き出しから付箋の束を出した。先頭ゼロの試料には、いつも手で印を付けていたという。
「システムが直るまで、これで覚えてた」
所長は初佳へ、碧海の照合作業をそのまま任せると言った。
初佳は付箋を返し、データ品質管理の研修申込書を開いた。照合担当ではなく、消えるゼロを作らない側へ進みたい。
今夜作った検証規則を添え、受講と職務変更を同時に申請した。