七階と八階のあいだ

残業帰りのエレベーターが、七階と八階の間で止まった。

表示板から数字が消え、非常灯だけがつく。

隣には、三年前に亡くなった同僚が立っていた。

「まだこの会社にいるの?」

第一声がそれだった。

同僚は、エレベーターがどの階にも属していない間だけ姿を現した。

二人は新商品の立ち上げを一緒に担当した。

企画の核を考えたのは同僚だったが、病気で休職したあと亡くなった。

完成時、表彰されたのは残った自分一人。

スピーチでは、

「仲間の思いも背負って」

と美しくまとめた。

「名前を出せばよかった?」

「出したでしょう。追悼のところで」

同僚は苦笑した。

「仕事をした人じゃなく、途中で死んだ人として」

胸が痛んだ。

資料から同僚の名を消したのは会社だ。故人を正式な担当者に残せないと言われ、自分も従った。

それでも賞金を受け取り、昇進した。

「返した方がいい?」

「誰に」

「あなたの家族」

「金の話じゃない」

同僚は、エレベーターの天井を見上げた。

死ぬ前、病室へ持ち込んだ端末で仕事を続けた。

上司は止めたが、自分は「引き継ぎだけ」と言って聞かなかった。

「私が作ったのは企画だけじゃない。倒れても働く人が偉い、って見本も作った」

今の部署では、若い社員が同じように夜まで残っている。

自分は、

「無理するな」

と言いながら、自ら最終退館を続けていた。

「君の心残りは、評価じゃないの?」

「評価も惜しい」

同僚は笑った。

「でも、それを正すだけなら、私を英雄にするだけでしょう」

非常電話が鳴った。

復旧まで数分かかるという。

同僚の輪郭が少し明るくなる。時間が短いのか長いのか分からない。

「何をすればいい」

「私の企画だった、と事実を戻して」

「うん」

「その次に、私みたいに働かないで。私みたいに働かせないで」

扉が震え、表示板に「8」が戻る。

同僚は胸元の社員証を外し、こちらへ差し出した。手には触れず、光だけが残る。

「次の階は、自分で降りて」

八階の扉が開くと、一人だった。

翌週、表彰記録と社内資料へ同僚の名を戻す申請を出した。簡単には通らず、何度も説明した。

同時に、夜間作業を前提にした工程を組み直し、自分も定時で帰る日を作った。

若い社員の一人が、

「責任者が帰ると帰りやすい」

と言った。

エレベーターはもう止まらない。

七階と八階の間を通るたび、表示が一瞬消える。

その短い空白で、亡くなった人を背負うのではなく、残された働き方から降ろすべきものを思い出す。