三分間の役なし
小日向睦実は、誰かが困る前に手を出した。
職場では会議室を予約し、切れそうな備品を補充し、新人の資料を先回りして整える。週末に手伝う児童館でも、受付、片づけ、写真撮影を一人で引き受けた。頼られるのは嫌いではない。何もしていない時間のほうが落ち着かなかった。座っていると、役に立たない自分だけが残る気がした。誰かが自分でできることまで奪っているのでは、と考えるより先に、感謝される安心を選んでいた。
その日の児童館では、石鹸水で大きな泡を作る実験をしていた。睦実が床を拭き、倒れた容器を起こし、順番を守らせていると、十一歳の健人が小さな砂時計を持ってきた。
「睦実さん、何もしない係やって」
「そんな係、ないでしょう」
「ある。泡が割れるまで見てる係」
健人は輪に息を吹き込み、透明な泡を一つ作った。睦実が濡れた机へ手を伸ばすと、手首を押さえる。
「拭いたら失格。三分、助けない」
「滑ったら危ないよ」
「今は誰も歩いてない」
砂時計が返された。睦実は椅子へ座らされ、両手を膝に置いた。泡は窓の近くをゆっくり漂い、蛍光灯を細長く映した。机の水滴、曲がった掲示、開いたままの道具箱が次々に目につく。それでも健人は、泡だけを見ている。
一分ほどで泡が割れた。
「三分たってないよ」と睦実が言う。
「じゃあ、残りは割れたところを見る係」
健人は新しい泡を作りに走った。褒めも説明もなく、睦実の前には何もない空間だけが残った。
残りの時間、睦実は何度も立ちそうになった。けれど座っていると、窓辺の泡が虹色ではなく、薄い灰色に変わってから消えるのが見えた。見張っていなくても子どもたちは順番を守り、道具箱は最後に健人たちが閉じた。
月曜の午後、職場の複合機が用紙切れを知らせた。睦実は立ち上がりかけたが、担当の後輩が「補充します」と倉庫へ向かった。いつもなら一緒についていき、予備の場所まで教えるところだった。
机の引き出しには、児童館でもらった三分の砂時計がある。睦実はそれを返し、チャットの表示を「休憩中」に変えた。
用紙のない複合機を助けに行かず、三分だけ、空の手を膝へ置いた。