三枚目の非常扉
高速道路会社の新人研修資料には、使われなくなった白蔵トンネルの巡回手順が残っている。
《坑内の三枚目の非常扉だけは開けてはいけない》
室生晴登は二十六歳の設備員だった。理由の記載はない。閉鎖区間の防災設備を撤去するため、点検端末と万能鍵を持って単独で入った。
一枚目の扉は電気室。二枚目は避難通路。どちらも図面どおりだった。
三枚目の前で、端末が赤く点滅した。
《扉内に避難者を検知》
閉鎖されて十五年のトンネルで、人体センサーだけが反応している。晴登は管制へ連絡したが、電波は届かない。扉の向こうから、弱いノックが一度した。
規則は知っていた。それでも本当に人がいるなら放置できない。晴登は万能鍵を差し、一度だけ扉を開けた。
向こう側は避難通路ではなく、明るい集合住宅の廊下だった。見覚えのある玄関マット、傘立て、宅配箱。突き当たりには晴登の部屋番号「四〇六」が掲げられていた。
ドアスコープの内側から、誰かの目がこちらを見ている。
晴登は扉を閉め、鍵を抜いた。端末の表示は《避難完了》に変わった。
外へ出て管制記録を確認すると、三枚目の扉はコンクリートで塞がれており、開閉センサーも撤去済みだった。点検端末の写真には扉の代わりに四〇六号室の玄関が写り、内側からチェーンが掛かっていた。晴登は報告書に「異常なし」とだけ入力した。
帰宅したのは夜十時。四〇六号室の廊下は、さっき見た光景と同じだった。玄関マットの端まで同じ角度で折れている。室内に入ると、特に変化はない。
寝る前、壁に付けたホームセキュリティ端末で戸締まりを確認した。
《玄関 施錠》
《窓 施錠》
《非常扉1 施錠》
《非常扉2 施錠》
《非常扉3 開放》
晴登の部屋に非常扉はない。
見取り図を開くと、寝室のクローゼットの奥に赤い扉が描かれていた。位置情報の青い点は室内にある。もう一つの青い点が、扉の向こうから近づいてくる。
端末が避難誘導の音声を流した。
「室生晴登さん、こちらが出口です」
クローゼットの内側で、万能鍵が回った。