下り坂のベル

粟田美羽、奥平亮介、高槻朱里は、卒業旅行に海沿いの自転車道を選んだ。三人とも中古のクロスバイクを借り、初日は同じ速度で走った。最終日の朝だけ、亮介のベルが鳴らなくなった。

修理台の前で、朱里が地図を広げた。「あと四十キロ。夕方の船に乗れば帰れる」

亮介は外れたベルを掌で転がした。「俺、ここで降りる」

「自転車旅行で降りるって何」と美羽が笑う。

「港の造船所に決めた。四月から、この町に住む。今日、寮を見せてもらう」

朱里は地図から顔を上げた。「東京のメーカーは?」

「断った。船を作りたいって、やっと言えた」

美羽は工具を強く回した。「それ、旅行前に言えただろ」

「言ったら、ここを目的地にされる。お前らに祝われながら下見したくなかった」

朱里は地図の端を畳んだ。「私は司法試験、もう一年やる。就職しない」

美羽の手が止まる。「受けた事務所は?」

「全部辞退した。受かるまで、親の家で勉強する」

二人の視線を受け、美羽は空気入れのホースを外した。

「私は結婚する」

亮介が初めて冗談だと思って笑ったが、美羽は笑わなかった。

「内定先の同期。六月に。仕事も続ける。名字も町も変わる」

「付き合って三か月だろ」と朱里。

「三人でいた四年より、短いね」

修理台の屋根を雨粒が叩き始めた。三人はいつか同じチームで長距離レースに出ると言っていた。揃いのジャージだけは先に作り、背中へ三人の頭文字を縫った。だが、亮介はここに留まり、朱里はスタート地点へ戻り、美羽は知らない誰かと二人で走る。

「せめてゴールまで一緒に行こう」と朱里が言った。

亮介は首を振った。「ここが俺のゴールだから」

彼はベルのない自転車を押し、造船所の煙突の方へ歩いた。美羽と朱里は雨具を着て、残り四十キロへ向かった。

下り坂で朱里が何度も後ろを振り返ったが、警告のベルは聞こえなかった。

返却所で、係員は三台分の伝票を見て首を傾げた。二台の自転車の間には、一台分の空いたラックがあった。そこへ亮介の壊れたベルだけが、濡れたまま置かれていた。