九分遅刻して九分前へ
《早乙女刻、また救助に遅刻》
《到着九分遅れ。もう四人とも死亡判定だぞ》
《時間系を名乗ってるくせに、間に合ったことないよな》
逆さ時計塔の広間で、四人の探索者が瓦礫の下に沈んでいた。
崩落は九分前。蘇生可能時間はとっくに過ぎ、救助班は黙祷の準備を始めている。
早乙女刻は息を切らして駆け込み、止まった大時計を見上げた。入口までの転移門が炎上騒ぎで使用停止にされ、最後の三階を階段で駆け上がってきたのだ。炎上コメントには一瞥もくれず、自分の腕時計を外す。
《今さら回復も蘇生も届かない》
《刻の技能、加速だけじゃなかったのか》
《腕時計の遅刻表示、累積九分零三秒》
「遅れた分は、返します」
刻は竜頭を一度だけ巻いた。
広間の埃が天井へ戻る。
砕けた柱が立ち上がり、瓦礫が逆向きの雨になって継ぎ目へ収まった。床に消えていた四人の姿が戻り、崩落前の位置で目を瞬く。
時計の針は、きっかり九分零三秒前を指した。
刻の固有技能《遅刻返済》。彼が誰かを待たせた時間を蓄え、緊急時にだけ、その場へ返す。通勤路での応急手当や迷子の保護で到着が遅れるたび、理由を公表せず、未来の救助時間として記録していた。
《局所時間が九分巻き戻った》
《四人の死亡ログそのものが消失》
《検証:過去三年の遅刻理由、個人情報を伏せた救助記録と全件一致》
《“間に合わない男”じゃない。間に合わなかった時間を持ってくる男だ》
崩落が再び起きるまで、残り二十秒。
刻は四人を出口へ誘導する。原因を知っている彼らは迷わず走った。
最後の一人が扉を越えた直後、広間は同じ形に崩れる。今度は誰も下にいない。
救助班長が刻の肩をつかんだ。
「なぜ最初から九分遅れると説明しなかった」
「遅刻の言い訳は、聞く側の時間まで奪うので」
《これまでの炎上会見、全部謝罪一言で終えてた理由か》
《救助対象四人、完全無傷》
《時刻ログ、第三者機関も真正認定》
《世界初の判定が出る》
止まっていた大時計の上に、公的システムの文字が浮かんだ。
【日本ダンジョン庁公式認定――世界初《死亡履歴取消救助》】