九月まで席替えは禁止
終業式の最後のホームルームで、先生が言った。
「九月一日に席替えをするから、机の中を空にして帰れ」
教室が歓声に包まれた。前の席を嫌がる者、窓際を狙う者、仲のいい同士でくじを引こうと相談する者。私だけは、机の中の教科書をゆっくり鞄へ移した。
隣の波佐間いぶきが、私の横顔をのぞく。
「席替え、嫌なの?」
「別に」
「私は嫌」
あっさり言われ、手が止まった。
いぶきとは四月から隣だった。消しゴムを忘れれば半分に割ってくれ、居眠りすれば教科書で隠してくれた。テスト前には互いの苦手を教え、授業中には先生に見えないよう付箋で会話した。仲がいい、と呼ぶには近すぎて、特別、と呼ぶには何も起きていなかった。
みんなが帰ったあとも、いぶきは机の中を片づけなかった。
「九月まで席替え禁止にしよう」
「先生が決めたんだから無理でしょ」
「じゃあ、九月一日の朝だけ。くじを引く前まで」
意味が分からない。そう言うと、いぶきは机の裏へ頭を入れた。何かを鉛筆で書いている。
私もしゃがんだ。机の天板の裏に、小さく文字があった。
『四月七日から七月十九日まで、隣。』
「証拠」といぶきは言った。
「何の」
「ここにいた証拠」
私の机の裏にも、同じ文を書く。けれど最後に、私は勝手に付け足した。
『九月一日、続きは未定。』
いぶきがそれを読み、黙った。開いた窓から熱い風が入り、机に残っていたプリントをめくる。校庭では運動部が集合していた。
「未定って、ずるい」
「決まってないから」
「じゃあ、予約」
いぶきは私の文の下へ矢印を引き、『席が離れても昼休みは隣』と書いた。
胸の奥が、終業式のチャイムより遅れて鳴った。
九月一日、席替えで私たちは教室の端と端になった。いぶきは新しい席に着くと、すぐこちらを指さし、次に時計を指さした。昼休み、という合図だった。
あの机の裏の文字は、冬には誰かの落書きで隠れ、卒業前にはほとんど読めなくなった。
それでも、あの夏休みの始まりに交わした予約だけは、席替えより長く続いた。