乾く前の署名
史歩は、私の絵に似せる癖がある。
美大を出ていないくせに、私が青い影を使えば翌週には同じ色を置き、人物の顔を隠せば自分も背中ばかり描く。本人は「茉耶に教えてもらったから」と無邪気に言う。教えたのは基礎だけだ。
それでも親友なので、彼女の作品を預かって講評した。
乾く前の油絵を私のアトリエへ運ばせ、構図の弱いところへ付箋を貼る。直したほうがいい部分は写真に撮り、比較できるよう保存した。史歩が署名を入れようとすると、「まだ作品になってない」と筆を取り上げた。署名だけ上手くても意味がない。
もう一つ、彼女の落款代わりの小さな判子は私が管理した。以前なくしかけたからだ。公募展へ出すとき、最後に押してあげる。史歩は私を信頼し、応募締切も搬入先も全部尋ねてきた。
春の新人展で、私の作品が大賞候補に残った。題は『窓のない午後』。青い影の中、背を向けた女が空の額縁を抱く。史歩は会場で絵を見るなり、壁に手をついた。
「これ、私の」
私は腹が立った。構図は似ていても、完成させたのは私だ。彼女の下絵は散漫で、色も濁っていた。私が線を整理し、背景を塗り直し、作品として成立させた。才能とは、思いつきではなく仕上げる力だ。
史歩は係員へスマートフォンを渡した。制作過程の動画だった。白いキャンバスへ最初の線を引く彼女。日付入りで毎晩残されている。最後の動画では、完成した絵の隅に史歩の署名があった。
次の映像だけ、撮影場所が私のアトリエになった。
私は画面の外から「署名はまだ早い」と言い、濡れた布で名前を消していた。そのあと、彼女の判子を引き出しへ入れた。
審査員が私の出品票を外した。私は史歩へ、小声で恩知らずと言った。私が直さなければ展示すらされなかったのに。
帰宅すると、アトリエの机に判子が返されていた。引き出しの中の写真データも消えている。
ただ、壁に立てかけた次回作だけは無事だった。
乾きかけた右下に、私が昨日消したはずの史歩の名前が、下の絵具から浮き上がっていた。