予備電池の朝
須賀原美弦技官は、遺品箱から予備電池を取り出した。
左近巡査が交通事故で死んでから、三週間が過ぎている。事故の前夜、左近は違法賭博店の捜索に参加した。店主は逮捕時に腕を折られ、「警察官が金庫へ拳銃を入れた」と訴えたが、左近のボディーカメラ映像は帰署前に消え、本体も所在不明になった。
「遺品整理に鑑定は要らない」
藤堂機器管理官が言った。
「電池を廃棄して、確認書に署名しろ」
美弦は電池の端子へ診断器を当てた。新型の予備電池には、過熱事故を調べるため、直近三十二回分の電流変化が不揮発メモリーに残る。映像は保存しない。だが、カメラがいつ録画状態だったかは、消費電力の波で分かる。
捜索当夜、公式記録では午後十一時二分に録画終了。
電池は十一時十七分まで、高負荷を示していた。
「十五分、長いです」
「通信か充電だろう」
「通信なら波形が違います。撮像素子と暗号化処理が動いた形です」
十一時十二分には、短い電圧降下がある。録画中のカメラから電池を抜いたときの形だった。左近は映像を止めたのではなく、誰かに電源を断たれた。その五分後、彼は署内端末から監察室へ電話し、つながる前に切っている。
藤堂は遺品箱の蓋を閉じた。
「推測で死者を利用するな。左近は事故死だ。捜索班まで疑えば、遺族は『裏切り者の家族』として生きることになる」
美弦は左近の妻から聞いた言葉を思い出した。あの人は最後の朝、何も言わず、制服の胸を何度も触っていた。カメラがないことを確かめるように。
「この電池は映像ではない」
藤堂が続けた。
「証拠価値もない。お前の定年まであと一年だ。静かに終われ」
美弦は診断器の画面を保存した。波形だけでは、拳銃を置いた者も、左近の事故の理由も分からない。それでも「十一時二分以降は記録が存在しなかった」という組織の説明だけは崩せる。
廃棄確認書を二つに折り、遺品箱へ戻した。
代わりに予備電池を静電防止袋へ入れ、封印番号を振る。証拠品名には「電源」と書かず、「消失映像の稼働履歴」と記した。
窓の外が白み始めるころ、美弦は監察室の受付箱へ、その小さな黒い電池を落とした。