予約は二年先

矢吹森伸哉は、星浦野叶枝が子どもの写真を撮るたび鼻で笑った。

「スマホで十分だろ。専業主婦の趣味に、レンズ一本十万円なんて無駄だ。誰のおかげで飯が食えてる」

叶枝は中古のカメラを手入れし、近所の赤ん坊や家族を無料で撮り始めた。泣いている子を急かさず、障害のある子にも負担が少ない光を選ぶ。写真を見た家族から次の家族を紹介され、やがて料金を払いたいと言われた。

伸哉は、週末に公園へ出る妻を「ママ友遊び」と呼んだ。

二年後、伸哉の勤務する住宅会社が、新しい広告写真家を選ぶプレゼンを開いた。テーマは“暮らしの本当の表情”。最終候補として紹介されたのは叶枝のスタジオだった。

大型画面に、笑う家族だけでなく、引っ越し前の空き部屋、介護する手、眠る子を見守る親の姿が映る。審査員は全員、叶枝の企画へ最高点を付けた。

「星浦野フォトは、現在二年待ちです。全国三十店舗との提携も決まりました」

年間契約額は一億円。叶枝は撮影者を育成し、育児中でも働ける予約制のスタジオを五か所運営していた。自分の役員報酬だけで、伸哉の年収を上回る。

伸哉は会議で立ち上がった。

「妻です。写真の構図は家庭で僕が意見を出していました」

叶枝は一枚の写真を映した。カメラを構える自分の背後で、伸哉がソファに寝転び、子どもへ静かにしろと怒鳴っている。撮影設定確認用の動画から切り出したものだった。

社長は伸哉を広告担当から外した。

その夜、叶枝は新スタジオの受付で離婚届を渡した。

「写真で生活できるわけがない」と伸哉は言った。

叶枝は予約管理画面を見せた。二年先まで埋まった四千件と、広告契約の入金予定。新居の購入も済み、子どもの学費口座も自分で用意していた。

「家族写真に写っているだけで、家族を支えたことにはならないよ」

住宅会社から契約成立の通知が届き、離婚届の提出予約も同時に確定する。

叶枝が二年先の最後の予約枠を閉じた瞬間、伸哉が趣味と笑った写真には何千もの家族が並び、自分たちの家族写真から彼だけが退くことになった。