二つ目の通知音

二十九歳の小比賀俊介は、転職掲示板で「願鈴」というアプリを知った。入力した願いを一つだけ叶える代わりに、古い《二鈴詣り》の手順を守る必要があるという。

添付された村誌にはこうあった。夜の祠へ願書を置くと、最初の鈴は神が読んだ合図、二つ目は代価を取りに来た合図。二つ目へ戸を開けた家では、願いだけが残り、願った年月が消えた。

アプリの禁忌も同じだった。

《儀式を始めたあと、二度目の通知音だけは開いてはいけない》

俊介は契約社員のまま五年働いていた。願望欄へ〈正社員として採用されたい〉と入力し、午前零時に開始ボタンを押した。

最初の通知音。

〈願書を受理しました〉

画面を閉じて待つ。十分後、会社の人事アプリから通知が鳴った。件名は〈雇用区分変更のお知らせ〉。これが二度目だった。

開かなければ、願いが叶ったか分からない。迷った末、俊介は一度だけ通知をタップした。

〈本日付で正社員へ登用します〉

その下に、見慣れない欄が追加されていた。

〈勤務対価:在職可能年数より一年〉

翌朝、上司も人事も登用を当然のこととして祝った。社員証は発行済み、給与も上がっている。だが生年月日はそのままなのに、社内システムの年齢だけが一歳増えていた。

翌日にはさらに一歳。その次の日も一歳。

俊介の鏡の顔には変化がない。消えているのは将来の方だった。健康保険アプリの予防接種予定、年金試算、十年後の資産計画が、一日ごとに末尾から削除されていく。

願鈴は端末から消せなかった。通知設定には〈二鈴目:開封済み〉とだけある。

登用通知を開いた時刻から、端末は毎晩零時に一日ではなく一年を消費していた。人事データの勤続年数だけが増え、俊介は入社三十年目の社員として扱われ始める。会議では経験のない案件の承認印が彼の名で押され、退職したはずの元上司が「昔から君に教わった」と頭を下げた。

正社員としての過去まで、代価から作られていた。

一週間後、会社の勤怠端末へ社員証をかざすと、赤い枠が表示された。

〈残り在職可能日数:358日〉

同時にスマートフォンのカレンダーが鳴り、来年の今日へ新しい予定を追加した。

〈正社員契約 終了〉

備考欄には、日常的な一文があった。

〈終了後の更新はできません〉