二人分の傘立て
波佐間が転校する日は、朝から雨だった。
昇降口の傘立てには、透明傘が何十本も並んでいた。波佐間の傘には赤いテープが巻かれている。入学した日に、同じ透明傘を三度取り違えたからだ。
帰りの会が終わり、教室で別れの挨拶をした。
花束、色紙、拍手。泣いた者もいたが、波佐間は泣かなかった。雨の音が大きくて、しんみりした言葉が少し遠く聞こえた。
全員に見送られ、昇降口へ下りる。
赤いテープの傘がなかった。
「盗られた?」
クラスメイトが傘立てを探す。透明傘を一本ずつ持ち上げ、名前を確認する。ほかの学年の傘立てまで見たが、見つからない。
「最後の日に傘なくすって、波佐間らしい」
「なくしたんじゃない」
「三回目?」
「四回目」
皆が笑う。
校門には引っ越し業者の車が待っていた。時間がない。誰かが折りたたみ傘を貸すと言い、別の誰かは家まで走ろうと言った。
そのとき、波佐間の隣の席だった男子が、傘立ての奥から二本まとめて引き抜いた。
赤いテープの傘と、青いテープの傘。
二本の柄が輪ゴムで結ばれていた。
「何これ」
「取り違え防止」
「結んだら使えない」
「一緒に帰れば使える」
男子は輪ゴムを外さず、二本とも開いた。
透明な屋根が横に並び、骨同士がぶつかる。二人で持つと、傘は左右へ引っ張られて歩きにくい。
「普通に一本ずつ持とうよ」
「取り違えるだろ」
「色が違う」
「今日だけ」
校門までの短い道を、二人分の傘がぎこちなく進んだ。
後ろからクラス全員がついてくる。傘がぶつかり、列が広がり、通学路を塞いで先生に怒られた。
車の前で、男子が輪ゴムを外した。
「赤はそっち」
「知ってる」
「向こうで間違えるなよ」
「透明傘やめる」
「それがいい」
波佐間は車へ乗った。
窓越しに見ると、男子は青いテープの傘を差していた。ほかの透明傘と同じ形なのに、もう見間違えなかった。
車が曲がるまで、二本分の雨粒が窓を流れた。
新しい学校では、波佐間は黄色い傘を使った。
それでも雨の日になると、ときどき歩幅が右へ引かれる。
隣にもう一本、結ばれた傘があるように。