二人分の搭乗資格
発射まで五分。藤代湊己は火星移民船の連結通路で、青い搭乗バンドを握った。
向かいに立つ相棒のバンドも同じ番号を示している。本来、一つしかない適合枠だった。地球の大気修復は失敗し、今夜の船がこの地域から出る最後の便になる。次の抽選も、やり直しもない。通路の窓からは、砂嵐に飲まれた故郷の灯が最後の数個だけ見えた。
「適合検査を入れ替えた」
湊己が告白すると、相棒は発射口の赤い灯を見た。
「誰の未来を盗んだの?」
カウントがゼロになった瞬間、警報とともに景色が反転する。再び発射五分前。青いバンドが二本、同じ番号で光っていた。
偽造された枠を一つだけ無効化し、待機名簿を正常に戻せばループは終わる。だが湊己は、相棒と二人で乗る方法を探した。
二周目、貨物を減らせば重量は足りると説得した。
「適合検査を入れ替えた」
「重量の問題じゃない。免疫型が合わない人を乗せたら、船内全員が隔離される」
四周目、相棒へ本物のバンドを渡し、自分は密航すると言った。六周目は彼女に偽造を黙ってもらうよう頼んだ。どの周回でも、発射時刻にシステムが矛盾を検出し、五分前へ戻った。
八周目、相棒が同じ問いを繰り返す。
「誰の未来を盗んだの?」
湊己は待機名簿を開いた。次点は、名前も知らない十三歳の少年だった。二人のどちらかを選ぶつもりで、ずっとその一人を見ないことにしていた。
九周目。
「適合検査を入れ替えた」
「今度は、どうするの」
「二人とも乗らない」
湊己は二本の青いバンドを廃棄口へ入れ、偽造方法と自分の署名を管制へ送った。相棒が腕をつかむ。
「片方は本物よ。あなたが残れば、私まで――」
「本物だった一枠も、黙って使えば偽物になる」
発射一分前、待機名簿の少年へ搭乗許可が移った。相棒は湊己の頬を打ち、通路に残った。
ゼロ。船は二人を置いて上昇した。時計は戻らない。
窓の外で火星行きの光が細くなる。湊己は青いバンドの焼ける匂いを吸い込み、初めて、盗まなかった未来を見送った。