二段ベッドの下段
砂原圭の部屋へ十四歳の小谷野玲が来たとき、寝室には二段ベッドしかなかった。
圭は地域の養育家庭として玲を迎えたばかりで、上段と下段のどちらを使うか訊いた。
「下」
玲は即答した。
「では私は上」
「大人なのに?」
「耐荷重は大丈夫」
「夜中に落ちない?」
「心配される側が逆だ」
最初の一週間、玲は下段のカーテンを閉めたまま過ごした。
学校から帰ると中へ入り、宿題も読書もそこで済ませる。圭は上段へ上がるたび、梯子の音をなるべく小さくした。
ある夜、停電した。
台風ではなく、近所の工事による短いものだった。
圭が懐中電灯を探していると、下段から玲の声がした。
「ここにある」
カーテンが開き、小さな灯りが出てくる。
二人は下段へ並んで座った。
「狭い」
「圭さんが大きい」
「私の部屋なのに」
「今は共同寝室」
玲は非常用の袋からビスケットを出した。
圭は台所で水を汲み、冷蔵庫のチーズを暗いうちに食べることにした。
懐中電灯を天井へ向けると、下段の中だけが橙色に明るくなった。
ビスケットの甘い粉と、チーズの塩気。窓の外では作業員の声が遠く聞こえる。
「家族って、停電のとき何する?」
玲が訊いた。
「家庭による」
「圭さんの家では?」
「一人だったから、寝てた」
「じゃあ今は?」
「ビスケット会議」
十分ほどで電気が戻った。
部屋の照明が急に明るくなり、二人は同時に目を細めた。
圭は上段へ戻ろうとしたが、玲が言った。
「今日だけ、ここで本読んでいいよ」
「許可制なんだ」
「下段の管理者だから」
それから、ときどき下段で読書会をした。
玲が好きな漫画、圭が持っている旅行記。交互に読み、眠くなれば解散する。
上段は圭の寝る場所、下段は玲の場所。それでもカーテンが開いている夜だけ、二人の居間になった。
冬、圭は下段へ小さな湯たんぽを二つ入れた。
「一つで足りる」
「一人一個」
「家族割引ないの?」
「暖房費は平等」
玲は笑い、片方を圭の足元へ押した。
布団には温めたゴムと洗濯石鹸の匂いが残った。
二段ベッドは上下に分かれていても、同じ部屋の暗さと朝の光を分けている。
家族も、いつも同じ段へいなくてよかった。必要な夜だけカーテンを開ければ、互いの居場所へ座れた。