亡命者名簿の閲覧印
国境和平宴で、カシミラ・ドルンは亡命者を敵国へ売ったと告発された。
婚約者カンディド・フェレが、襲撃された避難馬車の名簿を卓上へ叩きつける。
「名簿を閲覧できたのは彼女だけだ。卑劣な女との婚約を破棄する!」
亡命者たちの名が並ぶ紙を前に、カシミラの指は一瞬だけ震えた。だが泣かず、秘密保持契約を開く。
「閲覧者は二人です。私と、保護計画の会計責任者であるあなた」
契約の閲覧印へ触れると、最後に名簿を開いた者の紋章が一つだけ浮いた。フェレ家の黒い塔。襲撃の前夜、カンディドが開いた記録だった。
「会計確認だ。漏らした証拠ではない!」
「あなたは私しか閲覧できないと告発しました。その前提が、今崩れました」
証拠は漏洩の全貌ではなく、彼の嘘を一つ壊す。それで断罪は成立しなくなった。
カシミラは名簿の一人一人に新しい身分証を用意し、子どもの年齢まで間違えないよう確認した。紙に並ぶのは数字ではなく、戻れない故郷を持つ人々だ。カンディドはその重みを知りながら、名簿を権力争いの道具にした。彼女は襲撃を防げなかった自分を責めていたが、今ここで偽りの罪を受け入れれば、真に名簿を扱った者へ届く道も閉じる。だから震える指を隠さず、契約を掲げ続けた。強さとは痛まないことではなく、痛みを理由に真実を手放さないことだった。
カンディドは名簿を握り潰す。
「婚約を戻せば、家同士で調査できる。お前も疑いから逃れられる」
「疑いを作った人の家で、ですか?」
国境公ダリオン・オルメスが一人だけ席を立つ。避難計画の責任者である彼は、カシミラの隣へ来ても肩を抱かず、名簿へ一礼した。
「閲覧印は正式だ。少なくとも彼女だけを拘束する理由はない」
それから、彼女へ掌を向ける。
「国境府で、亡命者保護の制度を立て直してほしい。私の名で守るのではなく、あなたの規則で守れるように」
「また誰かが名簿を売ったら?」
「私も閲覧者として記録される。疑われる責任から逃げない」
カシミラは破かれた名簿を丁寧に畳み、カンディドの前へ置いた。元婚約者に背を向け、責任を共有すると誓った国境公の手を取った。