仮免許の助手席

十七時五十分。自動車学校の卒業式が終わり、伏見祥平は駐車場で榎本里雪の白い軽自動車を見ていた。空港行きのバスまで十分。祥平は今夜、転職先のある町へ出る。

里雪は助手席のドアを開けた。

「駅まで送る。最初のお客さんになって」

「卒業した日に高速は危ない。友達を事故らせるなよ」

「駅まで五キロだけ」

「バスの券、買ってあるから」

二人は同じ時期に教習を始めた。里雪が縁石へ乗り上げるたび、祥平は待合室で笑った。彼が先に卒業した日は、茶色い運転用手袋を貸し、「免許を取ったら返せ」と言った。右手の親指だけ、里雪が緊張で噛んだ跡が残っている。待合室では毎回同じ自販機のココアを半分ずつ飲み、合格したら海まで走ろうと地図へ印をつけた。印の横には、里雪が助手席の絵を小さく描いていた。里雪は海の写真を待合室へ貼り、卒業日だけは二人とも予定を空けていた。今日が、その日だった。

「これ、返す」

里雪は手袋の箱を助手席へ置いた。

「誰か、ほかに乗せるのか」

「駅で待ってる人がいる」

「じゃあ急げよ。初ドライブで遅刻するな」

祥平は明るく言った。里雪は何かを待つように数秒黙り、ドアを閉めた。

十七時五十七分。白い車が出口へ向かう。そこへ教官が走ってきて、祥平へ薄い紙を渡した。卒業アンケートの記入漏れだという。

〈免許を取ったら最初に乗せたい人〉の欄に、里雪は〈祥平〉と書いていた。その下に二重線が引かれ、〈駅で待つ〉へ直されている。訂正時刻は、祥平が転職を伝えた昨日の夕方だった。

手袋の箱にも、小さなメモが残っていた。

〈助手席に座ってくれたら、友達じゃなく誘う〉

祥平が顔を上げると、車は出口の赤信号で止まっていた。走れば届く。だが同時に空港バスが滑り込み、運転手が荷物室を開けた。新しい会社の入社日は明朝。延期すれば採用は取り消される。

里雪の車が左折し、バスは右折する。祥平は手袋を鞄へしまい、買ってあった片道券を運転手へ渡してバスに乗った。