値下がりした夏
糸魚川朋花は、息子の大学入学金のために五年を売るつもりだった。
前年なら、健康な四十代女性の一年は百二十万円だった。五年で十分足りる。朋花は契約を六月まで延ばした。息子・光嶺が本当に進学するか、最後まで確かめたかったからだ。
六月一日、寿命相場が暴落した。
人工培養年が実用化され、人間の寿命は一日八百円まで下がった。五年を売っても百五十万円。入学金と前期授業料には届かない。
「去年売っておけばよかった」
朋花は何度も計算した。五年の価値が、自分の判断一つで六百万円から百五十万円へ落ちた。命まで投資に失敗した気分だった。
光嶺は進学を諦めると言った。
「一年働いて貯める」
「その一年で、同級生に遅れるでしょう」
「母さんの五年より軽いよ」
朋花は腹を立てた。親の覚悟を値踏みされたようだった。
彼女は市場へ行き、売却端末の前に座った。画面には〈本日の買取価格・一日七百八十四円〉と出ていた。隣では、高齢の男性が残り半年を売り、孫へ車を買う相談をしていた。
朋花は突然、自分の五年が安くなったのではなく、金額でしか見ていなかったことに気づいた。
五年あれば、光嶺が卒業して就職するところを見られる。喧嘩も、帰省しない正月も、孫が生まれない可能性も含めて五年だった。相場が高かったころ、その中身を六百万円で手放せると思っていた。
彼女は売却をやめた。
家へ戻り、光嶺と奨学金、夜間大学、通信課程を調べた。光嶺は一年働き、翌春に入学した。朋花も食堂の勤務を増やしたが、寿命ではなく休日を売った。
生活は苦しかった。光嶺は二年目に休学し、朋花は「だからすぐ入れたかった」と責めた。息子は家を出た。
五年後、光嶺は卒業証書を持って戻った。予定より遅く、希望した会社にも入れなかった。
「五年、得した?」
息子が冗談めかして聞いた。
朋花は首を振った。
「得じゃない。使った」
暴落後、寿命は誰でも買える日用品になった。それでも朋花は一度も買わなかった。長さを増やせば、また値段で安心してしまいそうだった。
彼女に必要だったのは高い五年ではなく、安くなっても手放さなかった五年の手触りだった。