偽物だけが燃える朝市

「能力なし。値札も読めない田舎者と同じだ」

市場監督官は東雲志乃の鑑定貨を指で弾き、排水溝へ落とした。

召喚された志乃は、朝市の露店で釣り銭を数える仕事を得た。前世ではブランド品の鑑定士だったが、この世界では魔力印が見えなければ真贋を語れない。

開市の鐘が鳴ると、荷箱が一斉に口を開けた。

箱擬態という低級魔物だった。小さな牙を生やした木箱が通路を跳ね、客の足へ噛みつく。護衛が斬るたび、中からさらに小型の擬態虫が散った。

「商品ごと焼け!」

市場監督官は火矢隊を呼んだ。露店商たちは泣きながら品物を抱える。

志乃は違和感を覚えた。魔物は本物の商品箱を襲わず、王室認可の封印が付いた箱だけから現れている。封印そのものが偽物なのだ。

通路の奥では、監督官の隣に立つ王都査察使が金の徽章を掲げていた。だが王家の獅子は右を向くはずなのに、その徽章だけ左を向いている。

志乃は排水溝から鑑定貨を拾い、親指で泥を拭った。

「偽物は、まとめて処分します」

一度だけ《真贋焼却》を発動した。

青い火が市場を走った。

熱はない。露店の布も、果物も、商人の服も燃えない。箱擬態と擬態虫だけが輪郭から青く崩れ、灰になる。偽の認可封印が次々に消え、最後に査察使の徽章と身分証が炎へ包まれた。

男の変装が剥がれ、魔物を密輸して市場を潰そうとした競合都市の間者が姿を現す。彼の袖から落ちた本物の王室令状だけは、火の中で金色に輝いて残った。

市場中央の真贋天秤が激しく傾き、鎖を切って砕けた。

巡幸中だった女王アデライドが、覆い付きの観覧席から立ち上がる。

「王家の封印より、正確な目を持つ者がいたか」

市場監督官は排水溝を見たまま固まった。女王は志乃の手から泥のついた鑑定貨を受け取り、王印を重ねて返す。

貨幣の裏に、新しい称号が刻まれた。

――王国真贋官。

朝市の商人たちは、一番高価な商品を見るときより慎重な目で志乃を見た。そして次々に、自分の店の最上品を彼女の前へ差し出し始めた。