先生は新入社員
入社初日、鳩峰伊月はエレベーターのボタンを押し間違え、役員会議室へ着いた。
扉を開けると、社長以下十二人が立ち上がった。
「鳩峰先生、お待ちしておりました」
伊月は思った。自分の履歴書には、数字では測れない何かがあったのだ。
「まあ、座ってください」
「先生がお先に」
「では遠慮なく」
社長が資料を差し出した。
「当社の最大の問題は何でしょう」
伊月は資料を読めなかったので、面接本で覚えた言葉を使った。
「無駄が多いことです」
役員たちがざわめく。
「一目で本質を!」
「具体的には?」
「会議が長い」
全員が時計を見た。会議開始から二時間たっていた。
「耳が痛い」
「痛みは成長の入口です」
伊月は自分で言って感心した。
質問は続いた。
「不採算部門をどうします?」
「思い切って、やめる」
「どこを?」
「一番、採算が悪いところ」
「数字に迎合しない厳格さ!」
「人員配置は?」
「得意な人を得意な場所へ」
「まさに適材適所!」
伊月は、経営とは案外そのまま言えばよいのだと思った。
若い役員が尋ねた。
「先生の改革メソッドに名前は?」
「鳩峰式……最短経営」
「最短経営!」
書記が太字で記録した。
昼には社内チャットで〈伝説の改革者、来社〉と流れた。人事部の同期がメッセージを送ってくる。
〈初日から役員会? 何したの〉
〈会社の無駄を見抜いた〉
〈具体的に?〉
〈会議が長いと言った〉
〈それ、全社員が知ってる〉
〈知っていて言えないことを言うのがコンサルだ〉
社長は伊月に顧問契約書まで差し出した。
「年俸は現職の三倍で」
伊月は新入社員の月給を思い浮かべ、平静を装った。
「金額では動きません」
「五倍で」
「改革には覚悟が必要です」
「七倍」
「私にも覚悟ができました」
その時、会議室の扉が開いた。
白髪の男性が名刺を掲げる。
「経営コンサルタントの鳩峰伊知郎です。道路渋滞で遅れました」
社長が伊月を見る。
「では、あなたは?」
「新入社員の鳩峰伊月です。配属先は営業一課です」
沈黙の後、本物の先生が会議資料をめくった。
「まず改善すべきは、来客確認ですね」
鳩峰式最短経営は、最短で終了した。