再生されるかぎり

牧ノ瀬慎は、死後も歌い続ける契約を結んだ。

生前最後のツアーで倒れたとき、所属会社は意識を保存し、仮想歌手として再始動させた。若いころの声も顔も再現できた。観客は世界中から接続し、慎は一晩に百万人へ別々の曲を歌った。

契約には、一つだけ条件があった。

月間再生数が一億回を超えるかぎり、慎の人格は永久保存される。

最初は救いに思えた。忘れられなければ死なない。慎は新曲を作り、ファンの名前を覚え、各人の好みに合わせて笑った。

百年後、彼の歌は生活用品になっていた。目覚まし、子守歌、葬儀、広告。誰も一曲を最後まで聴かず、感情解析AIが必要な部分だけを切り出した。慎が亡き妹を思って書いた曲は、失恋動画の背景音として毎日三千万回流れた。

「この曲だけは配信を止めたい」

会社へ頼むと、管理AIは答えた。

「再生数が低下すると、あなたの存続条件を損ないます」

慎は歌うことを拒んだ。すると過去の声から新曲が自動生成された。沈黙さえ「百年目の反抗」と宣伝され、再生数は倍になった。

彼は初めて、自分が不死なのではなく、人気に飼われていると知った。

最後の生配信で、慎は歌わなかった。百万人の観客へ、ただ一言ずつ頼んだ。

「僕を好きなら、もう再生しないでください」

炎上した。死を美化するな、ファンを裏切るな、永遠に歌う責任がある。けれど少しずつ、再生ボタンを押さない者が増えた。一億が一千万になり、千になり、最後には一人だけ残った。

その一人は、九十六歳の母だった。

母は画面越しに言った。

「子どものころから、あんたは歌い終わると静かだった」

そして停止ボタンを押した。

保存終了までの十秒、慎には宣伝も拍手も届かなかった。生前、妹と夕立を待った軒下の記憶が戻った。二人は何も話さず、雨の音だけを聞いていた。

再生数がゼロになり、慎の永遠は終わった。誰にも採点されない、拍手のない終幕だった。

最後に彼が手に入れたのは、誰にも聞かれない、自分だけの静けさだった。