冷却箱の手紙
保冷箱の底から、ラブレターが見つかった。
最後の大会当日の朝。野球部のマネージャー二人で氷を詰めていると、透明な袋に包まれた封筒が出てきた。表には『背番号六へ』。
「誰が入れたの」
後輩が目を輝かせた。
「知らない」
背番号六は、三年の遊撃手。口が悪く、でも誰より早くグラウンドへ来る。私は三年間、彼の忘れ物を一番多く拾った。
「先輩じゃないんですか」
「違う」
否定が早すぎて、後輩はにやにやした。
封筒は試合前に本人へ渡した。彼は驚き、私を見た。
「何」
「知らない」
「顔、赤いけど」
「保冷箱の前だから寒い」
意味不明だった。
試合中、彼は封筒をベンチバッグへしまったまま、開けなかった。三回に好守、六回に同点打。九回裏、最後の打球を追い、届かなかった。
大会は終わった。
学校へ戻った夕暮れ、保冷箱を洗っていると彼が来た。首には冷たいタオル。
「手紙、読んだ」
「そう」
「お前じゃなかった」
「だから言った」
胸の奥に、安心と落胆が同時に落ちた。
手紙の差出人は、一年前に転校した元部員だった。『最後の大会、見に行けないけど、ずっと応援してる』と書かれていたらしい。恋文ではなかった。
「何で保冷箱に」
「冷めないように、だって」
「逆でしょ」
二人で笑った。
彼はタオルを外し、濡れた髪をかき上げた。
「で、お前の手紙は?」
「ない」
「三年間、一通も?」
「連絡事項は毎日渡した」
試合時間、集合場所、忘れ物、洗濯順。どれも気持ちを書かずに済む紙だった。
「じゃあ最後に一枚」
彼はスコア用紙の切れ端を差し出した。
私は迷い、ペンを取った。
『背番号六へ。忘れ物、残り一つ』
「何」
「マネージャーへのお礼」
彼は笑い、紙の下へ書き足した。
『三年間ありがとう。あと、卒業後も会ってください』
冷却箱の水が足元へ流れた。
私は紙を透明な袋へ入れ、空になった保冷箱の底へ置いた。
「冷めないように?」
「今度は凍らないように」
夕日の中、二人でふたを閉めた。
翌朝、ふたを開けると紙は同じ場所にあった。今度は、先に手を伸ばしたのが彼だった。