冷蔵庫まで届く声

庄司はスマートフォンを流し台へ置き、音声配信を部屋のいちばん小さな音量で流した。

ワンルームの端にあるベッドからでも聞こえる程度。けれど冷蔵庫が動き出すと、声はすぐ隠れた。

午前零時二十二分。照明は台所だけ点いている。外では雨が換気扇のフードを叩き、エアコンの羽根が一分ごとに向きを変えた。

配信者は、夜食を作りながら話していた。

包丁がまな板へ当たる音。鍋の蓋がずれる音。水道を短く流す音。料理名は言わず、「冷蔵庫にあったものです」とだけ説明する。

庄司の冷蔵庫にも、半分の玉ねぎと卵が一つあった。けれど食べたいわけではなく、扉を開けては閉めた。

ぶうん。

自分の冷蔵庫が回り始め、配信者の声が聞こえなくなる。

庄司は音量を上げようとした。そのときコメント欄へ、別のリスナーが書いた。

――うちの冷蔵庫も今、声を隠しました。

配信者が笑った。「じゃあ、冷蔵庫が止まるまで待ちましょうか」

本当に、何も話さなくなった。

配信の向こうでは鍋が小さく煮え、自分の部屋ではモーターが回る。雨と空調がその間を埋めた。コメントを書いた人も、それ以上は何も言わない。

やがて冷蔵庫が止まる。

庄司のものが先だったのか、配信者のものが先だったのか分からない。女性は「戻りました」と言い、料理の続きを始めた。

庄司は玉ねぎを切らなかった。代わりに電気ケトルへ水を入れた。底で水が渦をつくり、白い湯気が台所灯へ上がる。

配信は食べる直前で終わった。完成した料理の写真も、味の感想もない。「冷める前に食べます」で切れた。

部屋が静かになると、庄司は湯を注いだカップを両手で持った。冷蔵庫はまたいつか回り始める。そのたび声を足さなくてもよい。

カップの表面には台所灯が細長く映った。庄司が息を吹くと輪が崩れ、また戻る。配信者の料理も、コメントした人の冷蔵庫も見えないまま、それぞれの夜だけが続いていた。

知らない家の冷蔵庫も、同じ夜に誰かの声を隠した。その程度の偶然を胸の端に置き、庄司は一人で湯を飲んだ。