出口のない迷路

二年七組の段ボール迷路は、開場十五分で崩れた。

最初の角を曲がった小学生が壁へ寄りかかり、その一枚が隣を押し、教室の半分が音を立てて倒れた。中にいた客は笑いながら救出されたが、入口にはすぐ「休止中」の札が掛かった。

設計係の檜垣慈恩は、床へ散った段ボールを見て動けなかった。

方眼紙に通路を引いたのは慈恩だった。耐荷重も、人の流れも考えたつもりだった。前夜、みんなが飾りつけをしている間も、一人で補強を続けた。

「ごめん」とクラスメートが言う。

「何でそっちが謝るの」

「もっと手伝えば」

「設計が悪いから」

慈恩は壊れた壁を外した。

作り直しても、午後には間に合わない。迷路をやめて休憩所にする案が出た。装飾だけ残し、写真スポットにする案も。

そのとき、入口で待っていた小学生が訊いた。

「もう迷えないの?」

崩した本人だった。

慈恩は段ボールの山を見た。

「迷いたい?」

「うん。さっきすぐ出られた」

その言葉で、クラス全員が動いた。

壁を立て直すのではなく、倒れたまま使った。机の下をくぐり、椅子をまたぎ、黒板の前ではカーテンを抜ける。通路の高さも幅もばらばら。設計図にはない障害物だらけのコースになった。

「これ、迷路じゃなくて訓練場」

「アスレチック迷路」

「安全確認!」

「檜垣、順路どこ?」

「今決める!」

慈恩は養生テープを持って走った。

午後、企画は再開した。

客はしゃがみ、笑い、時々戻ってきた。出口が見えているのに、低い段ボールを越えられず遠回りする。朝の迷路より、ずっと時間がかかった。

最初の小学生も戻ってきた。

今度は壁へ触れず、机の下を這い、最後のカーテンから飛び出した。

「迷えた?」

「うん。でも、出口見えてた」

「だめじゃん」

「見えてるのに行けないのが面白い」

閉場後、慈恩は最初の設計図を丸めた。

捨てようとすると、クラスメートが奪った。

「来年の参考」

「来年、俺たちいない」

「後輩に渡す。倒れるって書いて」

「失敗例として?」

「復旧例として」

片づけた教室には、テープの跡だけが複雑に残った。

文化祭で慈恩が覚えているのは、完成した迷路の形ではない。

崩れた壁の向こうから、「もう迷えないの」と残念そうに訊かれた瞬間だ。

出口を見失ったのは客ではなく、そこで立ち尽くしていた自分だった。