出口を塞がない自販機

飲料会社のルート営業・雪村圭吾は、古い集合住宅の管理組合から自動販売機の設置を頼まれた。

「競合は販売手数料を二割出す。そちらも同じなら今日決める」

理事長が示した場所は、正面玄関横の空き壁だった。通勤客が必ず通るため、ロケーションはよい。社内の試算でも月三百本は売れる。

圭吾は契約書を出す前に、空き壁から階段まで歩数を測った。自販機を置けば通路幅は規定ぎりぎり残る。しかし床には、普段は目立たない金属の溝があった。防火扉が閉まる軌道だった。

「ここは置けません」

理事長は不機嫌になった。

「他社は置けると言ったぞ」

圭吾は防火扉を手で引いた。自販機の想定位置に段ボールを置くと、扉は途中で当たった。火災時には煙が階段へ流れ、上階の住民が降りられなくなる。

圭吾はランドリーの電気容量も管理人と確認した。大型機を置けば乾燥機二台との同時使用で容量を超える可能性がある。小型機なら既存の回路で足り、壁を壊す工事も不要だった。売上予測だけで場所を決めれば、売れた瞬間に停電する。

代わりに勧められたのは、裏手のコインランドリー前だった。人通りは少ない。だが圭吾は洗濯機の利用表を見て、夜間の滞在者が多いことを知った。通常サイズではなく、温かい飲料と水を多く入れた小型機にする。補充率を週二回から一回へ下げれば運搬費が減り、その分だけ手数料を競合に近づけられる。

さらに停電時に中の商品を無償提供できる設定を付けた。住宅には高齢者が多く、災害時に一階へ水を運ぶ方が、玄関で一本多く売るより価値がある。

理事会では「売れない場所へ置くのか」と反対が出た。圭吾は二週間の利用時間を記録し、午前零時前後のランドリー利用が玄関通行より長いことを示した。待ち時間に買う人は、通り過ぎる人より選ぶ時間がある。

契約は小型機一台で決まった。手数料は二割に届かなかったが、理事長は防火扉の前から傘立ても移した。

設置確認を終えた夜、圭吾の端末に在庫切れの通知が出た。駅前の一台で水だけが急に売れている。

天気予報には、翌朝から断水工事とあった。

圭吾は帰庫せず、補充車の向きを駅へ変えた。