勝者席まで飛んだ剣

王都闘技場の開幕試合で、折れた剣が勝者席へ突き刺さった。

剣闘士同士が打ち合った瞬間、刃先が回転しながら観客席へ飛んだ。貴族は杯を落として逃げ、剣は空いた椅子の背を貫く。あと指一本ずれていれば、侯爵の喉だった。

興行主ガラハスは鍛冶師を捕らえさせた。

「粗悪な剣を納めたな!」

「剣が折れることはあります。昨日までは、破片が客席へ飛ばなかっただけです!」

闘技場付き結界師ジェクトは、観客席を硬い壁で囲んでいたのではない。武器の破片や砂利だけを床へ向ける、傾いた結界を何千枚も重ねていた。選手の動きも歓声も遮らないため、誰にも見えなかった。

ガラハスは「事故が起きないなら仕事もない」と彼を追放した。翌日の一振りで、上客は全員帰り、次の試合は無観客になった。

同じ午後、ジェクトは町の訓練所で木剣を拾っていた。子どもたちが一斉に投げた練習矢は、見学席の手前でふわりと向きを変え、藁床へ落ちる。

師範サディクが腹から笑った。

「失敗しても誰も傷つかない。これなら臆病な子も前へ出られる」

「結界は勝者を作るものではありません。挑戦してよい場所を作るものです」

「今日から安全教官だ。月謝を払えない子の分まで、町が給金を出すと決まった」

子どもたちはジェクトの周りへ集まり、次は本物の弓を教えてくれと目を輝かせた。

そこへ闘技場の執事が、空になった貴族席の予約表を抱えて来た。

「明日の大試合までに戻ってほしい。興行主は専用控室も用意すると」

ジェクトは子どもの木剣を壁へ掛け、執事へ向き直った。

執事は専用控室を誇らしげに語った。けれどジェクトが欲しかったのは、見えない場所へ押し込まれる立派な部屋ではない。訓練所では子どもたちが結界の端を色紐で示し、自分たちで安全範囲を確認していた。術があるから無茶をするのではなく、術の限界を知って挑戦する。その姿を見て、師範サディクは来月から大人の初心者教室も任せたいと言った。誰かの失敗を金にする闘技場より、失敗から立ち上がれる場所のほうが、彼の結界に相応しかった。

「闘技場との契約は、昨日で終了しています」