十三番目の帰還者
帆足澪司は、火星で十二回死んだ。
放射線障害、作業艇の破裂、砂嵐での迷走。そのたびに基地AIが直前の記憶を予備肉体へ転送し、翌朝には新しい体で勤務へ戻った。
「死は二十四時間以内に復旧可能」
移民募集広告の文句を、澪司は信じていた。
十五年ぶりの地球帰還が決まると、妻の奈摘から映像便りが届いた。
髪は白くなり、声は遅くなっていた。火星と地球では通信の遅延だけでなく、肉体の時間も違った。澪司は交換のたび二十代後半へ戻され、見た目は出発時とほとんど変わらない。
「空港で分かるかな」
奈摘は笑った。
澪司は答えられなかった。十二回の死のうち、三回は転送が数分遅れた。その間に何を考えたのか、今の彼は知らない。
帰還船の検疫で、地球政府の同一性AIが告げた。
「あなたは出国した帆足澪司の法的継続者ではありません。第七死亡時のバックアップに破損があり、人格連続率は八七パーセントです」
家族戸籍、持ち家、婚姻関係。すべて再審査になった。
奈摘は空港のガラス越しに彼を見た。若い夫と老いた妻。警備員には母子にしか見えなかった。
面談室で、澪司は二人だけの合言葉を並べた。初めて喧嘩した店、流産した子につけるはずだった名、奈摘が雷を怖がること。
「覚えているから本人、とは限らないそうだ」
「じゃあ、忘れた私は妻じゃないの?」
奈摘は笑って、泣いた。
彼女は近年、軽い認知症を患っていた。澪司の知らない十五年を生き、その一部をすでに失っていた。
二人は婚姻継続の審査を取り下げ、翌日、新しく婚姻届を出した。
証人欄には火星基地AIと、奈摘の介護AIの認証が並んだ。
澪司は地球で予備肉体を更新しなかった。奈摘と同じ速度で老いるため、ではない。老いさえ二人を同じ人間にはしないと知ったからだ。
奈摘が彼の名を思い出せなくなった夕方、澪司は自己紹介した。
「帆足澪司です。あなたに会いに、火星から十三人で帰ってきました」
奈摘は彼の若い手を握り、
「遠かったでしょう」
と言った。
それだけで、帰還は完了した。