十二分の焼き色

 都丸朱里は、麦刻時計店で真鍮のキッチンタイマーを手に取った。

 卵ほどの丸い胴に、零から六十分までの数字が並んでいる。つまみを回せば、赤い印が文字盤を巡る。新品ではない。側面には小さな焦げ跡があり、十二分の位置だけ数字が薄くなっていた。

 朱里は二年前まで洋菓子店で働いていた。今は事務職をしながら、休日に焼き菓子を作っている。来月の小さな市場が出店者を募集しており、申込期限は今夜だった。

 写真も価格表もできている。できていないのは、同じ色のマドレーヌを十二個並べた写真だけだ。家庭用のオーブンは奥と手前で熱が違い、少し濃いもの、縁だけ白いものが混じる。店にいたころなら売り場へ出さなかった焼き色だった。

 朱里は応募画面を開くたび、次の休日に焼き直そうと思った。次なら揃う。次なら恥ずかしくない。そうして募集最終日になった。

 店主はタイマーを受け取ると、つまみをいったん三十分まで回し、十二分へ戻した。朱里が不思議そうに見ると、ぜんまい式は大きく巻いてから戻すほうが正確だと、商品説明だけをした。

 赤い印が十二で止まり、内部から細かな刻み音が始まる。店主は動作確認の札に開始時刻を書き、タイマーをカウンターへ置いたまま会計を打った。

 朱里はスマートフォンの写真を見た。十二個のマドレーヌは、確かに少しずつ違う。だが切った断面はどれも同じようにきめ細かく、友人が一つ食べた皿だけ、粉糖が指の形に欠けていた。

 出店申込へその写真を添付し、屋号を入力する。仮にしていた〈日曜菓子〉から、会社員であることを隠すための言葉を消し、自分の名字を使った〈都丸焼菓子〉へ直した。

 送信した直後、タイマーが甲高く鳴った。

 店主は音を止め、針が零へ戻ったことを確かめる。焦げ跡を磨き落とさず、薄い紙で胴を一周だけ包み、赤い印が見えるよう上部を開けて紙袋へ入れた。

 朱里は袋の中で、十二分の数字を見た。均一でなくても時間は測れる。市場の日には、焼き色の違うものから先に並べようと決めた。