十四年遅れの星座図鑑

「返すのは、いつでもいいよ」

小学六年の春、早瀬拓海は転校前日にそう言って、椹木小夜へ星座図鑑を貸した。表紙の裏には小さく《いちばん好きな人へ》と書かれていた。

それが小夜を指すのか、本そのものを指すのか分からなかった。尋ねる前に拓海は町を離れ、住所も変わった。小夜は図鑑を返せないまま、本棚の奥へしまった。

十四年後、母校の図書室が改修されることになり、卒業生から本を募る一日だけの寄贈会が開かれた。小夜は図鑑を紙袋へ入れて持っていった。学校へ返せば、長すぎた貸し借りも終わる気がした。

受付にいたのは拓海だった。

今は図書館の司書で、選書の手伝いに来たという。彼は図鑑を見るなり、角の折れたページを開いた。冬の大三角の余白に、二人で書いた小さな点が残っている。

「まだ持ってたんだ」

「返す方法がなかっただけ」

「俺は、返してほしくなかった」

拓海は表紙の裏を指でなぞった。

「あれ、小夜のことだった。書けば分かると思ってた」

「十二歳の暗号としては不親切すぎる」

笑ったのに、声が震えた。

寄贈受付が終わり、拓海は図鑑へ新しい貸出カードを挟んだ。借り手の欄には《椹木小夜》、返却日の欄には来月の土曜。その横に、町のプラネタリウムの上映時刻が書かれている。

「返しに来る場所、学校じゃないけど」

「どこ?」

「入口で待ってる」

告白の代わりに、彼は二枚の入場券をカードへ留めた。小夜は図鑑を受け取り、貸出カードの名字を二重線で消す。《小夜》と書き、その隣へ《拓海》を加えた。

校門まで歩くと、夕空に一番星が見えた。拓海が指さす。小夜は空を見るふりをして、彼の手を取った。図鑑を抱えたままでは握りにくく、拓海が紙袋を持ってくれる。その空いた手を、今度はしっかりつないだ。

「返却、遅れてもいい?」

「次の予定を更新するなら」

返すのはいつでもいい、と言われた本は、十四年遅れで二人を再会させた。

そして新しい返却日は、借りものを終わらせる期限ではなく、名前で待ち合わせる最初の日になった。