十息で出る牛丼

 王都郵便騎手トルメクは、注文してから十息も経たずに置かれた丼を疑った。

「これは、作り置きか」

「煮て待っている料理です」

 駅前の牛丼店員が答える。白いご飯の上には、薄切りの牛肉と柔らかな玉葱が重なり、甘い醤油の湯気が立っていた。

 トルメクは一日に何十通もの手紙を運ぶ。速さこそ信用だと教えられ、食事は干し肉を馬上で噛むだけ。交流都市へ来ても、地図を見るより先に最短路を探す癖が抜けない。

「早く出るなら、早く食べるべきだな」

 彼が丼を抱え込むと、店員は紅生姜の小箱を示した。

「出るのが早いだけで、急いで食べなくていいですよ」

「早い料理が、客を待つのか」

「はい。冷めるまでは」

 トルメクは箸で肉を一枚持ち上げた。薄い肉には煮汁が染み、玉葱は透き通っている。口へ入れると、脂の甘さと醤油の塩気がご飯へ広がった。硬い保存食とは違い、ほとんど力を入れずに噛み切れる。

 紅生姜を添えると、酸味と辛みで舌がさっぱりし、また肉が欲しくなる。温泉卵を崩せば、黄色い中身が肉と米を滑らかにつないだ。

 鞄の中には、今夜中に届けようと思っていた手紙が一通ある。宛先は隣町の老夫婦。封には「急ぎではありません」と書かれている。それでも早く届ければ褒められる気がして、休憩を削るつもりだった。

「急がない手紙は、本当に急がなくてよいのだろうか」

「受け取る人が眠っていたら、明日の方が嬉しいかもしれません」

 店員は空いた湯呑みに熱い茶を注いだ。

 トルメクは丼を置き、初めて背もたれに寄りかかった。店内では炊飯器の蓋が開く音、箸が器へ触れる音、誰かが味噌汁をすする音がする。彼が止まっても、町の時間は乱れなかった。

 最後に、煮汁の染みたご飯を一粒残さず食べる。支払いのあと、配達予定表へ〈翌朝〉と書き直した。

 外へ出ると、夜風は冷たかったが、腹の中には牛肉と生姜の温度が残っていた。トルメクは宿まで走らず歩き、十息より長い一日の終わりを、ようやく自分の速さで運んだ。