午前一時の柔軟剤
万葉は柔軟剤の蓋を開け、すぐ閉じた。
甘い花の匂いが、午前一時のコインランドリーへ小さく広がった。
実家では、母がいつも同じ柔軟剤を使っていた。タオルも部屋着もシーツも、乾けば全部その匂いになった。上京して最初の一か月、荷物に混じっていた枕カバーから香るたび、帰りたいような、帰ってはいけないような気持ちになった。
半年が過ぎ、匂いは消えた。
だから同じ商品を買ったのに、部屋で使うと少し違った。水も、干す場所も、窓から入る空気も違う。母の匂いを再現しようとして蓋いっぱいに入れ、かえって眠れないほど甘くした夜もあった。
今夜は大きな毛布を洗うため、店へ来た。
蛍光灯が白く光る。空調が低く回る。外では霧雨がガラスへ細かな点を作っている。洗濯機の中へ毛布を入れると、乾いた布が丸い窓いっぱいに膨らんだ。
万葉は柔軟剤を半分だけ注いだ。
給水音に吸い込まれ、花の匂いが薄くなる。
隣の機械へ、若い女性がやって来た。大きなスポーツバッグからタオルを何枚も取り出し、柑橘の香りがする液体を迷いなく注いだ。キャップを閉める音。硬貨の落ちる音。機械が動き出す音。
女性は電話を耳に当てたが、相手が出なかったらしい。画面を見て、小さく息を吐き、店の外のベンチへ座った。
ガラス越しに背中だけが見える。
花と柑橘の匂いが、空調の風で一度だけ混じった。それから機械の中へ引かれ、店内はまた洗剤のない空気へ戻った。
万葉は丸い窓を見た。女性の電話はまだつながらず、外のベンチで画面を伏せている。その姿も雨粒に歪み、知らない家の匂いと一緒に遠く感じられた。
毛布は水を含み、ゆっくり持ち上がっては落ちる。母の家の洗濯機も、今ごろは止まっているだろう。あちらにはあちらの夜があり、ここには自分の待ち時間がある。
乾燥を終えた毛布は、昔と同じ匂いにはならなかった。
花は淡く、店の乾いた熱と、自分のコートについた雨の匂いが少し混ざっている。
万葉はそれを肩へ掛けず、きちんとバッグへ収めた。
帰れば、この匂いは今の部屋の空気に馴染んでいく。どこの家とも同じでなくていい。今夜はまだ、途中の匂いで眠れそうだった。