午前二時の洗濯機
国東玲芽が夜勤を終えて帰るのは、たいてい午前二時だった。
看護師寮の近くにあるコインランドリーだけが明るく、乾燥機の丸い窓が静かに回っている。玲芽はその灯りを見ると、町が完全には眠っていないことに少し安心した。
ある夜、入口に〈黒猫・夜舟を探しています〉という紙が貼られていた。
向かいのアパートに住む老男性の猫で、夕方のごみ出しの際に外へ出たらしい。真っ黒で、首輪も黒。暗い道では影と見分けがつかない。
玲芽は制服の上へコートを羽織ったまま、ランドリーの店主へ声をかけた。
深夜でも町には人がいた。
新聞配達の青年、休憩中のタクシー運転手、配達を終えた自転車便の女性。皆が紙の写真を撮り、それぞれの道をゆっくり見回った。
玲芽は病院から寮までの路地を戻る。夜舟は洗いたての布が好きで、取り込んだシーツへ必ず潜ると聞いた。
ランドリーへ戻ると、乾燥を終えた機械が一台、誰にも開けられずにいた。持ち主が来ない洗濯物ではない。中は空だ。
それでも、折り畳み台の下から低い音がする。
玲芽がしゃがむと、黒い影がタオル籠の奥でさらに小さくなった。
「夜舟」
名前を呼んでも出てこない。
老男性が持ってきた枕カバーを床へ置くと、猫の鼻が動いた。柔軟剤ではなく、家の古い石鹸の匂いが残っている。
夜舟は慎重に一歩ずつ出て、最後に老男性の膝へ額を押しつけた。
見つかった連絡をすると、散っていた人々がランドリーへ戻ってきた。
店主が自動販売機の温かいコーンスープを人数分買い、紙コップへ分ける。玲芽は折り畳み台に腰かけ、湯気へ顔を近づけた。
タクシー運転手の名前も、自転車便の女性が昼は陶芸をしていることも、今まで知らなかった。
「夜中にも、けっこう人がいるんですね」
玲芽が言うと、新聞配達の青年が笑った。
「皆、同じ町の別の時間帯で暮らしてるだけですよ」
翌週、ランドリーの壁に小さな連絡板ができた。
深夜営業の店、夜間に困ったときの連絡先、迷子情報。夜の人たちが書き足した文字で埋まっていく。
夜舟はもう外へ出ないよう、窓辺からランドリーの灯りを見ていた。
玲芽が午前二時に帰ると、向かいの窓で老男性が一度手を上げる。
ランドリーからは乾いた綿と石鹸の匂いが流れ、胸の奥にはコーンスープの甘い温度が残っていた。町は眠っていても、誰も完全に一人ではなかった。