午前四時のGPU
投資家向け実演の朝、学習サーバーが全部止まった。
画面には〈容量不足〉。だが保存領域を埋めていたのは開発データではなく、暗号資産の採掘ファイルだった。
実行者は蜂須賀匠海。最高財務責任者の息子で、役職は「戦略アドバイザー」。戦略会議には来ず、個室でゲームをし、電気代を注意した社員を異動させていた。
電話すると、匠海はあくびをした。
「消せばいいじゃん。土岐さん、インフラ担当でしょ」
「本番環境で採掘していたんですか」
「会社の資産を増やしてあげてた。感謝してよ」
私は予備クラウドへモデルを移し、午前四時から再構築した。学習済みの重みは壊れていたため、前週の検証版から差分を当て直した。顧客が試すのは医療画像の判定補助で、誤差が一%増えれば実演を成功とは呼べない。冷めたコーヒーを三杯飲み、最後の評価値が基準を超えたところで夜が明けた。
実演は開始時刻ぴったりに動いた。顧客が入力した未知の画像にも、モデルは根拠箇所を正しく示した。
投資家たちは拍手したが、代表の女性はすぐに尋ねた。
「昨夜の障害原因は?」
匠海はオンラインで割り込んだ。
「土岐の設計ミスです。僕が朝まで指揮して直しました」
私は管理ログを共有した。採掘用ウォレットの送金先は匠海個人。高額な電気料金を開発費へ付け替えた承認者は蜂須賀CFOだった。
投資家代表は無言で別の資料を開いた。CFOによる関連会社への不正送金も、同じウォレット調査から判明していた。取締役会は父親の解任を可決し、当局への届け出を済ませていた。
匠海の声が裏返った。
「僕は技術のことなんか知らない。親父に言われただけだ」
最高経営責任者が答えた。
「知らない環境へ不正プログラムを入れた。それで十分だ。蜂須賀匠海を懲戒解雇。土岐紗由を技術基盤責任者へ昇格する」
投資家代表もうなずいた。
「追加出資は、土岐さんが基盤を率いることを条件に実行します」
匠海がサーバーへ接続し直した。
黒い画面に、白い文字が一行だけ返った。
〈ACCOUNT REVOKED〉