同じ一語を話した偽王

「一語だけで同じ話者か分かる? 顔を見れば済む」

王宮警護試験で、フェネクは無能とされた。

【能力:《一語声紋》――同じ日に聞いた二つの発話から、選んだ一語を話した者が同一人物か判別する】

声を真似ることも、嘘を見抜くこともできない。彼は謁見室の扉番へ回された。

ある朝、女王が二人になった。

一人は狩猟から戻った血まみれの女王。もう一人は玉座で政務を続けていた女王。どちらも顔、記憶、魔力、王家の傷痕まで同じだった。変身魔族が王宮へ入ったことだけは確かだが、聖鏡も血判も両方を本物と示す。

近衛総監ラグシェは二人へ秘密の質問を重ねた。初恋の名、戴冠日の雨、亡母の遺言。答えは一字も違わない。

「夜までに決められなければ、軍が二つに割れる」

玉座の女王が命じる。

「偽者を斬れ」

狩猟帰りの女王も同じ言葉を口にした。

フェネクは前夜、扉越しに女王から一言だけ聞いていた。見回りを終えた彼女が、眠そうに「ご苦労」と言ったのだ。今朝、玉座の女王も同じ言葉で侍女を下がらせた。

彼は二つの「ご苦労」へ《一語声紋》を使う。

同一人物ではない。

「それだけでは、どちらが本物か分からぬ」

総監が言う。

フェネクは狩猟帰りの女王へ向き直った。

「陛下。昨日の扉番へ、もう一度だけ同じ言葉を」

女王は眉を上げ、それでも「ご苦労」と言った。

前夜の声と同一人物だった。

玉座の女王が立ち上がる。顔が崩れ、黒い鏡肌の魔族へ変わった。記憶を読んだ変身者は、女王の声を完全に複製したつもりだった。しかし発声は喉だけでなく、舌の古傷や呼吸の癖まで含む。意味と音色を盗めても、身体が作る一語までは同じにならない。

魔族は窓へ走ったが、ラグシェの槍が影を縫い止めた。

試験官が「昨日の声を覚えていただけ」と言う。

本物の女王アデリナは血のついた狩猟手袋で、その男の警護章を外した。

「顔を見れば済む、と言ったな。王宮を顔だけで守る者は今日で要らぬ」

女王は章をフェネクへ渡す。

「明日から私へ近づく者には、まずおまえの知る一語を話させよ」