同じ人に三度失恋する
日下部柊真は、同じ人に三度失恋した。
一度目は普通だった。三年付き合った相沢礼から、「好きだけれど、一緒に暮らすと二人とも不幸になる」と別れを告げられた。柊真は眠れなくなり、仕事を休み、失恋専門クリニックで礼に関する記憶を削除した。
一か月後、柊真は駅前の喫茶店で礼を見かけた。
窓際で本を読み、シナモンを山ほど振ったカフェラテを飲む姿にひと目惚れした。声をかけると、礼は目を見開いた。
「本気で忘れたの?」
「以前、会いましたか」
礼は事情を察し、深いため息をついた。それでも柊真の必死な誘いに負け、二人はまた食事をした。三週間後、柊真は告白した。
「ごめん。私たち、前にも付き合って別れたの」
礼は写真とメッセージを見せた。柊真は二度目の失恋をし、翌日、また記憶を削除した。
二か月後、同じ喫茶店で三度目が起きた。
今度の礼は、柊真が声をかける前に向かいの席を指した。
「座って。説明するから」
彼女は最初から最後まで話した。柊真が目覚ましを七つ鳴らすこと。冷蔵庫のプリンへ名前を書くこと。謝るときに観葉植物へ話しかけること。礼が静かな家を好み、柊真が常に音楽を流すこと。愛情はあっても生活が噛み合わず、何度話し合っても互いを削るだけだったこと。
「それでも、また君を好きになったら?」
「なるでしょうね。あなたはシナモンと、難しい本を読んでいる人が好きだから」
柊真はカフェラテを飲んだ。礼と同じようにシナモンを足してみたが、むせた。
「じゃあ、好みを消すしかないな」
「それを消したら、あなたがあなたじゃなくなる」
礼は笑った。その笑顔で、柊真は三度目の恋が終わる音を聞いた。
今回は削除しなかった。
失恋は相変わらず痛かった。眠れず、仕事も少し休んだ。だが痛みが薄れるにつれ、礼を見かけても声をかけずに通り過ぎられるようになった。忘れないことで初めて、同じ場所から先へ進めた。
半年後、柊真は別の喫茶店で、シナモンの瓶を戻そうとして隣の客と手が触れた。相手は分厚い園芸書を読んでいた。
柊真は一瞬、運命だと思った。
そして礼の顔を思い出し、まず尋ねた。
「朝、目覚ましは何個かけますか」
恋を始める前に生活を聞けるようになったことが、三度の失恋で唯一残ったものだった。