名前を三度聞く

百瀬皐は、患者の名前を三度聞いた。

受付で一度、病室で一度、処置の直前にもう一度。

忙しい朝には、同僚まで先に答えを言おうとしたが、皐は必ず患者本人の言葉を待った。

「記憶力が悪いなら看護師に向いていない」

狩野医師は急ぐたびにそう言った。

皐は笑われても、氏名と生年月日を本人の口から確認した。返事ができない患者なら、腕輪と指示書を別々の人と照合した。

その日、午後の手術は予定より遅れていた。

病棟から運ばれてきた翁長美里は、麻酔準備室でぼんやり目を開けている。

皐は名前を聞いた。

「翁長、美里です」

生年月日も答えた。

腕輪も同じ。手術同意書も同じだった。ところが、本人が無意識にかばっている脚と、同意書の手術側が一致しない。

狩野が苛立つ。

「三つ一致した。もう十分だろう」

皐は薬剤トレーを見た。

アレルギー注意の赤い札がない。病棟の申し送りでは、翁長には特定の抗菌薬で重い反応歴があった。

「確認のため止めます」

「またか。君のせいで全員が遅れる」

皐は病棟へ電話した。

同じ名字、同じ名前の患者が、別の階にも入院していることが分かった。漢字まで同じで、生年月日だけが一日違う。

目の前の患者へ、皐はもう一度、生年月日を尋ねた。

先ほどとは違う日付が返ってきた。緊張して、腕輪に書かれた数字を読んで答えていたのだ。

皐が腕輪の留め具を見ると、一度切って付け直した跡があった。

搬送前の入浴介助で、二人分の腕輪が入れ替わっていた。バーコードだけは正しく読めるため、機械照合では異常が出なかった。

狩野は「薬を変えれば済む」と手術室へ進めようとした。

そのとき、認定更新のため視察中だった安全管理官が入ってくる。

皐は記録を時系列で説明した。

管理官は二人の電子カルテを並べ、手術部位まで別であることを確認した。

「止めなければ、別人の手術が始まっていました」

室内の時計だけが音を立てる。

管理官は手術中止を正式に宣言し、院長へ連絡した。

ほどなく端末の安全管理責任者欄が更新される。

指名されたのは、百瀬皐だった。