周波数の向こう側

深夜番組に、失踪した音響技師の弟から電話がかかってきた。

弟は兄が局内で殺されたと訴え、毎週同じ時刻に新しい手がかりを話した。番組の担当技師は無愛想な人物で、通話中も調整卓の前から動かない。弟の声は電話越しにひどく歪み、技師とは似ても似つかなかった。

私は取材記者として放送室へ入り、二つの妙な音に気づいた。弟が息を吸うたび、担当技師の喉も同じ間隔で小さく鳴る。さらに通話の背景には、一般回線では混じらない五十ヘルツの低い唸りがあった。局内の古い電源装置だけが出す音だ。

弟は、兄の遺した録音が地下倉庫にあると言った。捜索すると、確かに幹部の横領を示す会話が見つかった。だが録音の切れ目には、番組で使う効果音と同じ無音処理が施されていた。誰かが真実の一部へ偽の台詞をつなぎ、殺人事件に見せている。

局の記録では、失踪した技師に家族はいない。担当技師は「疎遠な弟なら記録にない」と答えたが、その弟だけが知るはずの幼少期の思い出は、失踪者が以前番組で語った内容と一字一句同じだった。新しい記憶が一つもない。

電話が入る時刻、担当技師は必ず左耳のイヤホンを外す。弟も電話口で、なぜか左側の音だけ聞き返す。私は二人が同じ耳の傷を持つのではなく、同じ耳で一つの回線を聞いているのだと考えた。

次の放送で、私は電話会社に回線を監視してもらった。着信ランプは点いたが、外部からの信号は一度も入っていない。音声は調整卓の内部から送られていた。

担当技師は片手でつまみを動かし、もう片方を机の下に隠していた。そこには声を低く歪める小型マイクがある。弟が咳払いすると、技師の肩も同時に揺れた。

私は本番中に加工装置の電源を抜いた。

「兄を返してくれ」

受話器から流れたのは、担当技師そのものの声だった。

失踪した音響技師に弟などいない。担当技師が兄の名を借り、架空の弟として世間を動かしていた。幹部を失脚させ、自分が持ち出した金の行方を横領へ紛れ込ませるために。

周波数の向こう側にいたのは、泣く弟ではない。調整卓のこちら側で、ずっと無表情に座っていた一人だった。