呪文は最後から読む

「逆からなら読める? 文字遊びの外れだ。禁書庫には近づくな」

宮廷魔導師パルシェは、イヴェンの適性札へ“無能”と書き込んだ。

《スキル:逆読――あらゆる文章を、末尾から冒頭へ誤りなく理解する》

古代語が分かるわけではない。読める言語を逆順で読めるだけだ。イヴェンは書庫の埃払いへ回された。

棚の背表紙を逆さに眺めるのが、イヴェンの密かな習慣になった。文章は入口から出口へ進むものだと皆が決めている。しかし契約書の罰則も、薬瓶の注意書きも、大切なことほど最後に置かれている。終わりを先に知れば、途中で何が起きても備えられる――彼はそう考えていた。

その夜、封印棚から一冊の黒い本が開いた。

頁を見た書記が一語読むたび、直前の記憶を失う。二語目を読めば一語目を忘れ、三語目で二語目を忘れる。呪文を最後まで読み切れば封印法が分かるはずなのに、誰も文全体を頭へ残せない。

本から黒い指が伸び、書庫の灯を一本ずつ消していく。

パルシェは目を閉じたまま魔力糸で頁を探ったが、文字の順序が分からず術式を組めない。

「見るな! 一語でも読めば記憶を食われる!」

イヴェンは逆に本を正面から開いた。

最下段、最後の文字へ視線を落とす。

最初に理解したのは、文章の末尾に置かれた一文だった。

――ここまで読んだ者から、奪った記憶を返還し、書を閉じよ。

《逆読》はそれを“最初の命令”として受け取る。

イヴェンが声に出すと、黒い指が止まった。書記たちの瞳に光が戻り、失われた記憶が一斉に返る。

続けて一つ前の文を読む。封印を固定せよ。その前は、鎖を七重にせよ。

呪いは一語ずつ記憶を奪おうとしたが、返還命令がすでに働いている。奪われるたび戻り、イヴェンの中に文章が後ろから積み上がった。

最後に冒頭の「開け」を読み終えた瞬間、本は逆再生されたように閉じ、七本の鎖が表紙へ巻きついた。

パルシェは“無能”と書いた適性札を破り、禁書庫の金鍵をイヴェンへ渡した。

「誰も最後まで辿り着けなかった。お前だけが最後から始めた。今日より禁書庫長はお前だ」