嘘つきの透明外套

 追跡兵の槍が小夜の頬をかすめた。

 透明なはずの身体が一瞬だけ輪郭を持ち、彼女は歯を食いしばる。

【告解の外套】

【着用者が嘘を口にした瞬間、透明化を解除する】

 小夜は兄の端末から接続し、兄の声、装備、名前まで借りた。最初は外套も彼女を《クロウ》として隠した。だが城へ近づくほど判定は厳しくなり、「慣れている」「怖くない」と口にするたび輪郭が現れた。外套が暴いているのは身分ではなく、自分に向けた嘘なのだと、薄々分かっていた。

「大丈夫?」

 手を引いて走る少年セトが尋ねた。

「平気」

 外套がちらつく。頬から血が落ちた。嘘だと判定されたのだ。

 二人は王城の認証門へ飛び込んだ。ここを越えれば、死者の記憶を保存する《白い部屋》へ行ける。小夜がこのゲーム世界へ来た目的は、半年前に亡くなった兄の残存データを取り戻すことだった。母には「端末を処分する」と告げて入った。現実で兄の死を待つ家族から逃げ、ゲームの中に兄が残っているという噂だけを信じた。帰るつもりだという言葉さえ、外套は一度も真実と認めなかった。

 門が問いかける。

【ユーザー名を述べよ】

「クロウ」

 それは兄のアカウント名であり、小夜が借りている身体の名だった。外套が黒く弾け、透明化が完全に消える。追跡兵が彼女を見つけた。

「やっぱり、あなたはクロウじゃない」

 セトは責めるでもなく言った。

 小夜は短剣を構えた。門を突破するには兄の名が必要だと思っていた。自分の名を言えば、不正ログインとして排除されるかもしれない。

「君は誰?」

 少年の問いに、追跡兵の足音が迫る。

 小夜は目を閉じた。

「私は小夜。クロウの妹。兄を生き返らせたいんじゃない。消えたって認めるのが怖くて、ここへ来た」

 外套は消えなかった。むしろ白く輝き、追跡兵の視線から二人を隠す。

 認証門が開く。白い部屋に兄の姿はなく、一通の未送信メッセージだけが浮かんでいた。

『俺の名前で、妹まで閉じ込めないでくれ』

【ユーザー照合完了――小夜】

【隠しクエスト《借り物の名前を脱ぐ》達成】

【故人アカウント《クロウ》をログアウトします】

【同伴ユーザー《小夜》の現実帰還を許可します】