四・二キロの久良岐こむぎ

【電話記録 午前十時七分】

「久良岐こむぎさんのお電話でよろしいですか」

「はい、本人です」

「昨日の検査結果が出ました」

「検査? 会社の健康診断でしょうか」

「体重は四・二キロで、やや増えています」

「四・二キロ?」

「最近、食欲が旺盛では」

「確かに間食はしますけど、そこまで減ってはいません」

「減るより増えすぎが心配です」

 こむぎは椅子から立ち、自分の腹をつまんだ。

「毛艶も少し悪いですね」

「毛艶まで見られたんですか」

「首の後ろに乾燥があります」

「美容院でも言われませんでした」

「頻繁に舐めていませんか」

「人前ではしません!」

 電話の相手は淡々と続けた。

「爪が伸びています。家具を傷つける前に切ってください」

「家具?」

「夜中に走り回ることは」

「最近は早寝です」

「トイレの砂は清潔に」

「砂?」

 こむぎは、健康診断がとんでもない病院へ委託されたのだと思った。

「先生、私に何が起きているんですか」

「大きな異常はありません。ただ、避妊手術後は太りやすく」

「受けてません!」

「記録では二年前に」

「そんな大事なことを忘れません!」

 相手もようやく黙った。

「確認します。生年月日は?」

「平成九年十一月です」

「平成九年?」

「二十八歳です」

「二十八歳?」

 双方が同時に息をのんだ。

「こちら、久良岐動物病院です」

「私は人間です」

 同じ町に、久良岐こむぎという猫がいた。飼い主の名字が久良岐、猫の名がこむぎ。受付システムが電話帳から同姓同名の人間を拾ってしまったらしい。

 謝罪を受けたあと、こむぎは妙な縁を感じて病院へ寄った。待合室で名前を呼ぶと、茶色い猫がキャリーの中から「にゃあ」と返事をした。

「あなたが四・二キロの私?」

 猫は堂々とあくびをした。飼い主が笑う。

「人間のこむぎさんは、何キロなんですか」

「そこは個人情報です」

 受付は二人の診察券へ赤字で「人」「猫」と書き足した。猫のこむぎは、その作業を監督するように尻尾を揺らした。

 同姓同名は、猫だった。