四十二点を残す
笹原玲衣の勉強記録には、八十点未満の数字がなかった。
簿記二級の模擬問題を解き、間違えたら採点履歴を削除する。もう一度解いて九十点を取れば、その数字だけを手帳へ書く。先生に見せるわけでもないのに、低い点が残っていると、勉強した時間まで無駄に見えた。
試験まで三週間の土曜日、玲衣は朝から机に向かった。
模擬問題の制限時間は九十分。途中で仕訳が一つ分からなくなり、そこから数字が連鎖して崩れた。終了音のあと、画面に表示された点数は四十二点だった。
赤い不正解が、答案の半分以上に並ぶ。
玲衣はすぐ履歴の削除ボタンを押した。確認画面に「この結果は復元できません」と出る。指は、いつもの位置に置かれている。
四十二点を消せば、今日も「まだ本番形式では解いていない」ことにできる。昼食を抜いてもう一度やれば、八十点まで戻せるかもしれない。それから勉強記録に、まともな一日として書ける。
窓の外では、近所の子どもがボールを蹴っていた。玲衣の机には、朝から冷めたままのコーヒーがある。
彼女は削除を押さなかった。
確認画面を閉じ、手帳を開く。今日の日付の横に「模試42」と書いた。数字があまりに小さく感じて、最初は薄い鉛筆になった。玲衣は上からもう一度なぞった。
その下に、できなかった論点を三つだけ書く。原因分析を十項目に増やすことも、反省文のような言葉を足すこともしなかった。
アプリの履歴には、四十二点が残っている。過去の九十二点や八十八点の中で、一つだけ赤い。
玲衣は問題を解き直さず、立ち上がった。台所で冷凍うどんを温める。勉強時間の計測アプリは停止したままにした。
昼食のあと、また机へ戻るかは決めていない。試験に受かる自信も、急には戻らなかった。
それでも手帳の四十二という数字は、玲衣を駄目な人にする判決ではなくなっていた。今日、分からなかった場所を示すだけの数字として、消されずにページに残った。空白にするより、その赤い数字のほうが今日に近かった。