四千人目の医師

医療相談プラットフォーム「メディコール」への投資審査で、八十島絢乃は利用者データの整備を請け負う若手エンジニアだった。会社は登録医師四千人を突破し、国内最大級として評価額九十億円を求めている。

投資資料には「医師4,012名」とある。医籍登録番号も提出され、監査会社の署名が付いていた。

絢乃は番号を昇順に並べ替えた。四百一人目から先は、最初の四百人の番号へ末尾のゼロを一つ足しただけだった。医籍番号の桁数は決まっており、そんな番号は存在しない。

創業者は、海外資格の医師には独自番号を付けていると説明した。

「海外医師の欄は別です」

絢乃はアカウント作成ログを示した。架空の三千六百十二件は、六月三日午前二時十四分から十七分まで、同じIPアドレスから一括登録されている。プロフィール写真も二十枚を繰り返し使い、名前だけ自動生成されていた。

投資責任者は、診療に使われている実働医師数が重要だと話を切り替えた。創業者は月間相談件数七万件を示した。

絢乃は相談ログを一件開いた。質問文は「test」、回答は「ok」。同じ二文字の組合せが五万件あり、作成時刻は医師アカウントと同じ午前二時台だった。

監査会社の確認書にも問題があった。署名欄では「登録IDの件数のみ確認」とされ、医師資格の真正性は対象外。投資資料では、その但し書きだけ切り落とされている。

絢乃の契約更新は、メディコールからの発注に左右される。創業者は「登録作業を頼んだ君まで困る」と囁いた。

「頼まれたのはデータ整備です。人間を増やすことではありません」

絢乃は実際に診療報酬を受け取った医師数も集計した。前月は十三人だけで、そのうち七人が会社役員の親族だった。四千十二人という母数で割れば、一人当たり相談件数を小さく見せられるが、実働十三人で見れば医療安全上の上限を超えていた。

委員長は九十億円の評価欄を閉じた。存在しない四千人目の医師が、投資決裁へ診断停止を告げた。