地下牢の王女と銀杯

地下牢へ下りてきた摂政グラナードは、銀の杯を自分で運んだ。

王女セレネは壁際の椅子に座り、鎖につながれた両手を膝に置いている。三日前まで玉座の継承者だった。今は「疫病を招いた魔女」として、夜明け前に病死する予定だった。

「国民は新しい王を望んでいる」

グラナードが杯を差し出す。中身は〈王殺し〉。王家の血にだけ反応し、心臓を黒い石へ変える毒だ。

「叔父上は、私が王家の者だと認めてくださるのですね」

セレネは微笑み、飲み干した。

摂政は答えず、牢の水時計を見た。砂が底へ落ちきる前に、王女の胸は止まる。彼は葬儀の順序を考えながら待った。

最後の一粒が落ちる。

見届け役の侍医が脈を測ろうと近づき、途中で足を止めた。セレネは椅子に座ったまま、空杯を両手で包んでいた。

グラナードの視線が、床へ落ちた酒の跡に吸い寄せられる。石畳が黒い結晶へ変わり、格子の根元まで侵食していた。調合師は失敗していない。

「影武者か」

「幼いころ、叔父上が私の膝の傷を手当てしてくださいました。血の色までご存じでしょう」

摂政は剣を抜いた。王家の処刑剣〈継承断ち〉。斬った者の血統と加護を同時に断つため、替え玉でも不死者でも殺せる。

「ならば、今ここで終わらせる!」

剣が振り下ろされ、地下牢を満たす金光が爆ぜた。壁が崩れ、粉煙が階段まで吹き上がる。兵たちは入口で顔を覆った。

煙が晴れる。

セレネは同じ姿勢で椅子に座っていた。鎖は切れているのに、膝の上の手さえ動いていない。剣先だけが彼女の額で止まっていた。

「私の加護〈王座〉は、椅子に座れば威厳が増す力ではありません」

セレネは静かに立つ。椅子はただの木製だったが、その瞬間、牢全体が謁見の間のように沈黙した。入口の兵たちは命令もないのに剣を下げ、古参の一人は片膝をついた。

「私が座す場所では、私への反逆は成就しない」

処刑剣に細い亀裂が走る。毒も斬撃も、主君を害する反逆として拒まれていた。

グラナードの手の中で、継承断ちが砕けた。