塩の土地に芽吹くもの
海辺の国を追われたナギは、山の領主から捨て農地を一枚買った。
白く乾いた地面を見た村人は、よそ者が騙されたと気の毒そうにした。昔の洪水で塩が入り、麦も豆も枯れる土地だったからだ。
初日、ナギは真水を大量に運ばなかった。
荷物から青い布袋を出す。中には故郷で「浜の宝石」と呼ばれた、小さく硬い塩菜の種が入っていた。
塩を嫌う作物を無理に植えるのではない。塩を好むものを植えればいい。
彼女は畑の端へ十歩の筋を引き、種を浅く押し込んだ。その上へ、井戸水をほんの一杯ずつ注ぐ。土から潮のような匂いが上がった。
種は、故郷を出る朝に母から渡されたものだった。海を越えるあいだ何度も食料と交換しようとしたが、袋だけは手放さなかった。ナギは白い土を舐め、塩気の強い場所と弱い場所を確かめる。濃い場所には種を浅く、雨水が溜まりそうな窪みには少し深く置いた。山の農法とは逆でも、潮の満ち引きの中で育ててきた手が覚えている。十歩を終えると、青い袋はまだ半分以上残っていた。残りは明日以降のため、小屋の梁へ吊るした。故郷を全部失ったと思っていたが、袋の重みだけは、これから増やせるものの重みだった。
見回りの役人が首を振る。
「領内の作物一覧にない。雑草を植えても開墾とは認められんぞ」
ナギは黙って、畦に自生していた同じ塩菜の若芽を摘んだ。洗って刻み、持参した卵と一緒に鉄鍋へ落とす。
油が弾け、緑の茎が鮮やかになる。塩は一粒も入れていないのに、焼ける匂いには海の気配があった。
「食べてから決めてください」
役人は警戒しながら一口つまんだ。しゃきり、と歯触りが鳴る。卵の甘さのあと、若芽そのものの穏やかな塩味が残った。
「……これは野菜だ」
「故郷では、そう呼びます」
役人は作物一覧の余白へ、新しい名を書き足した。
《塩菜。塩害地にて栽培可》
ナギは自分の皿を取り戻し、温かいうちに食べた。
誰にも要らないと言われた土地と、誰にも知られていない種。
その組み合わせが間違いではなかったことを、最初の夕食が先に証明してくれた。