壁にも加護を
「補助職《転加》――人にかかった強化を、物へ写す?」
攻城軍の司令官ベルガートは、シェナの報告書を閉じた。
【技能:味方一人の有益な魔法を、触れた無生物一つへ十秒間複写する】
剣に腕力上昇を写しても、剣には筋肉がない。鎧に水中呼吸を与えても、鎧は息をしない。どの組み合わせも無意味だと、軍の魔術顧問は結論づけた。
シェナは炊事隊へ送られ、その日のうちに最前線へ出た。
敵の黒砦は、山道を塞ぐ一枚岩の城門で守られていた。破城槌は折れ、炎術は吸われ、三日で千人が倒れた。さらに夜明けには魔王軍の援軍が来る。
司令官は撤退を決めた。
そのとき、斥候術師のトルクが《幽歩》を使い、偵察から戻った。十秒だけ身体を半透明にし、壁を通り抜ける魔法だ。
顧問たちは《幽歩》を兵へかけ、少人数だけ潜入させる案を出した。だが門の内側には一万の敵兵が待つ。十秒で通れる人数では、斥候を死なせるだけだった。
シェナは彼の肩へ触れ、次に黒砦の城門へ両手を当てた。
「何をする。門には足も肺もないぞ」
「でも、壁を通り抜ける性質なら使えます」
「強化魔法は、生き物を便利にするためのものだ」
顧問の言葉に、シェナは首を振った。前世の道具は、人にできないことを物へやらせるためにあった。ならば魔法も、使う相手を変えれば道具になる。
《転加》。
幽歩が城門へ複写された。
巨大な門が薄い霧のように透ける。蝶番も閂も、門自身を支えられない。城門は石壁をすり抜け、地面の中へ音もなく沈んだ。
十秒後、魔法が切れる。
地中で実体へ戻った門が岩盤を押し割り、砦の正面に幅二十歩の亀裂を作った。敵兵が呆然とする向こうへ、王国軍の騎兵が雪崩れ込む。
一時間後、黒砦の旗は降りた。
ベルガートは司令幕舎で、炊事隊の名簿を破った。
「物には筋肉がない。だから無意味だと考えた」
「普通はそうです」
「普通でない使い方を考える者を、我々は無能と呼んだわけか」
司令官は自分の剣を机へ置き、シェナに差し出した。
「この剣に、いつか飛行魔法を写せるか」
「十秒だけなら」
ベルガートは初めて笑った。
「十分だ。今日からおまえは炊事隊ではなく、攻城兵器そのものだ」