好意の家賃

黒瀬弦路は毎月一日、朝食の前に家賃アプリを開く。共同生活者同士の信頼スコアが五十以上なら、その月も契約が自動更新される。友人の季一と住み始めて四年、判定はいつも七十台だった。

湯気の立つコーヒーを置き、二人はいつものように同時に測った。

今月は四十九だった。

《相互信頼不足。契約更新を停止します》

「一ポイントくらい誤差だろ」

弦路が言うと、向かいでトーストをかじっていた季一は目を伏せた。端末は再測定を一日一回しか認めない。感情を操作して審査をすり抜けるのを防ぐためだ。

「何か隠してる?」

「別に」

答えた瞬間、台所の壁面表示に参考値が出た。弦路から季一への信頼、六十二。季一から弦路への信頼、三十六。

「俺をそんなに信用してないのか」

季一は笑って、焦げたパンの端を皿へ落とした。

二人は大学の寮で知り合った。弦路が仕事を辞めたとき、三か月分の家賃を黙って立て替えたのは季一だった。恋人と別れた夜も、何も聞かずゲームに付き合った。それなのに三十六。

昼、弦路の端末へ一通の通知が届いた。

《低信頼側の入居者に単身住宅を割り当てました。転居期限、本日二十時》

早すぎる。帰宅すると、季一は段ボール一箱だけを玄関に置いていた。

「理由を言えよ」

「言ったら、おまえは止めるから」

季一は封筒を差し出した。病院の検査結果だった。進行性の病名と、半年という数字が印刷されていた。

「実家に戻る。介護とか、絶対させたくない」

弦路の喉が詰まった。

「それで、信用してないふりを?」

「ふりじゃない。おまえなら自分の生活を捨てるって、信用できなかった」

再測定の時刻まで、あと十一時間あった。弦路はスマートフォンで解約取消を探したが、項目はなかった。

二十時、玄関の鍵が二つに分かれた。弦路の鍵は部屋を開け、季一の鍵は転居先の住所を表示した。

季一は合鍵を靴箱の上に置いた。

《円満な世帯分離を確認。双方の孤立リスクは低下しました》

壁面の信頼スコアが、最後に八十三へ跳ね上がった。

もう契約には使えない数字だった。