始発までの二ミリ
午前一時十二分、線路閉鎖。
蔵本怜司は作業日誌の最初に時刻を書いた。依頼は、終電後に古いレールを交換し、始発前に線路を返すこと。使える時間は三時間四十八分だった。
切断、搬出、据付までは予定どおり。軌間を測ると基準内、通りも真っ直ぐに見える。班長が「締結して終わり」と言ったとき、怜司は保守用車を低速で通すよう頼んだ。
「測ったばかりだろ」
「人が載っていない数字です」
車輪が新しい区間へ入る。三つ目の継ぎ目で、レール脇の白い粉がわずかに跳ねた。停止後に再測定すると、軌間が二ミリ広がっている。許容内ではある。しかし荷重を抜くと元へ戻った。
怜司は締結部を外し、レールの下をライトで照らした。砕石の小粒が一つ、受け板とレールの間に挟まっている。置いた直後は点で支え、計測器では真っ直ぐに見えた。列車が通るたび粒が潰れれば、固定部は少しずつ緩み、数日後に通りが崩れる。
「全部、座面を見直します」
「始発まで二時間ない」
怜司は人を増やさず、役割を固定した。一人が緩め、一人が空気で清掃し、一人が締める。自分は後ろから計測する。大勢で触れば、終えた箇所と未確認の箇所が混ざる。
七か所目でも小石が出た。同じ台車で運んだレールの下面に、砕石が付着していたのだ。最初の一つだけ直していれば、残りは見逃していた。
午前三時五十二分、保守用車をもう一度走らせた。今度は荷重を掛けても数字が動かない。
線路閉鎖解除、午前四時二分。
怜司が日誌へ最後の時刻を書いた直後、遠くの信号が青に変わった。始発列車の前照灯が見える。
列車が通過すると、無線が入った。
「上り線、別区間で異音。確認を頼む」
清掃した箇所には番号札を置き、計測が済んだものから回収した。暗い線路では、声だけの確認が前後しやすい。残った札の数が、そのまま残作業の数になった。
白い粉は、二度目の走行でも静かなままだった。
怜司は日誌を閉じ、新しいページの一行目に、午前四時十一分と書いた。