子狐を追い越す

早良兼人は二十二歳のフードデリバリー配達員だった。狐畑町の祭りで臨時需要が増える夜、配達アプリの地域掲示板に奇妙な注意が固定された。

《灯を持つ子どもを追い越してはいけない》

地域掲示板には、子どもは祭りの参加者ではなく、昔この道で帰宅を急いだ者の『早かったころ』だという投稿があった。兼人は配達件数で翌月のランクが決まるため、迷信より一分の遅れが怖かった。直前にも運営から『あと一件で優先配車』と通知されていた。

「子狐夜行」では、狐面の子どもたちが一本の提灯を持って旧道を歩く。兼人は祭りを避ける設定にしたが、アプリは最短経路として旧道を示した。背後から来るバイクを避け、細い道へ入ると、前に一人だけ子どもがいた。

濡れた旧道には小さな草履跡が続き、提灯の火は雨粒を避けるように燃えていた。子どもが角を曲がるたび、配達アプリの地図から家が一軒ずつ消えた。

注文は遅延寸前。子どもの歩みは遅く、道幅も狭い。兼人はベルを鳴らさず、一度だけ横をすり抜けた。

狐面の子は「お先に」と、兼人自身の声で言った。

百メートル先の家に着く前に、アプリが配達完了を表示した。客からチャットが入る。

【客】受け取りました。

【兼人】まだ到着してません。

【客】狐のお面の子が持ってきました。あなたの顔でしたよ。

兼人が玄関へ着くと、注文品はすでに食卓へ置かれていた。客は「今の方より若く見えた」と笑った。

その日から、どの配達でも地図上に小さな狐のアイコンが現れた。必ず兼人の少し前を走り、先に配達を終える。評価も報酬も、そのアイコン側へ加算された。

兼人の配達バッグには、注文していない子ども用の上着と、昔なくした狐柄の名札が入っていた。

運営へ問い合わせると、自動返信が来た。

《同一人物による二重稼働を確認しました。後から到着するアカウントを停止します》

停止されたのは兼人の方だった。

最後の通知には、子どもの顔写真が登録されている。狐面の下は、十一歳ごろの兼人だった。

《本日の配達員:早良兼人》

その下で、見慣れた到着ボタンが勝手に押された。

《お客様の玄関に、成人した兼人さんを置きました》