封をしたまま

 貸倉庫の閉鎖まで、あと十九分だった。

 御影沙映は、古い机の引き出しから白い封筒を見つけた。表には桜庭莉瀬の字で〈沙映へ〉とだけある。

「それ、読まないで」

 背後から声がして、沙映は封筒を伏せた。

「私宛てなのに?」

「渡すつもりで書いた。でも、読んでほしいか分からなくなった」

「勝手だね」

「うん」

 二年前、勝手だったのは沙映も同じだった。

 莉瀬の部屋で一人になった夜、鍵のかかった日記帳を見つけた。机には、沙映との関係に迷っていると書かれたメモがあった。怖くなり、合鍵で小さな錠を開けた。

 錠は、莉瀬が子どもの頃から使っていた小さなものだった。沙映は机のクリップを伸ばし、十分もかけて開けた。その手つきを、別れたあと何度も夢に見た。

 日記には、別れたいとは書かれていなかった。ただ、家族に二人のことを言えない苦しさと、沙映を巻き込みたくない迷いがあった。

 沙映は読んだことを隠したまま、先回りして莉瀬を責めた。何も知らない莉瀬は、言葉を盗まれたような顔をした。

「読まないでって言われると、読みたくなる?」

 莉瀬が乾いた声で笑う。

「もう二度としない」

「二度目があったら困る」

 倉庫には、二人で使っていた机と、別れたあと分けられなかった本が残っている。本の余白には互いの付箋が貼られたままで、勝手に剥がすことさえ、今の沙映にはためらわれた。今日中に処分しなければならない。

 沙映が好きと言えない理由は、自分が裏切った側だからだった。愛していると言葉を重ねるほど、また相手の内側へ許可なく入る気がした。

「封筒、持って帰って」

「読んでいいの?」

「今は読まないで」

「いつなら?」

「私が電話するまで」

 沙映は封筒を両手で持った。以前なら、理由を知るまで離さなかった。今は、閉じた糊の線を爪で確かめるだけにする。

「読まない。約束する」

「信じていい?」

「信じて、とは言えない」

 管理人が残り五分と告げた。

 沙映は机を処分する札から外し、配送先を自分の新居へ変更した。

「読まないで、待つ。今度は、莉瀬が話したくなるまで」

 封筒には手をつけず、スマートフォンの莉瀬の連絡先だけを、非表示の一覧から戻した。倉庫を出るときも、沙映は封の切れ目を光に透かさなかった。